右京区花園にある平安時代末期に待賢門院璋子が建立した「法金剛院」。前回は礼堂の廊下に掲げてある「雲板」の古代文字「法金剛院」の「法」の字について紹介しました。今回は残りの漢字「金」「剛」「院」の成り立ちについて紹介します。
JR嵯峨野線花園駅で下車し、西へ三分ほど歩くと丸太町通りをはさんで北側に小さなお寺「法金剛院」がある。現在は双ヶ丘の山麓にひっそりと建っているが、かつてこの辺りは平安貴族たちの山荘が建ち並ぶ華やかな場所でもあった。 続きを読む
山鉾町を巡りながらひときわ目立つ提灯を見つけた。同じ提灯が町内の至る所にあった。しかも皆同じように古びている。この界隈がいかに由緒ある町かということをこの提灯たちは物語っている。そのぐらい存在感がある。それにしてもこの味のある提灯になんと書かれてあるのかすぐにわかる人は少ないかもしれない。だが、実際に町を歩いていると推測できる。提灯には町の名が書かれているからだ。 続きを読む
七月に入り、京都は今年も祇園祭の季節を迎えた。祇園祭の楽しみはいろいろとあるが、その一つは山鉾町内に建つ「山」や「鉾」を巡り歩くことである。「山」や「鉾」の町会所で「前懸・胴懸」や「見送」等の貴重な工芸品を観賞したり、お目当ての山鉾の「ちまき」を買ったりしながら、普段通ることのない「通り」を山鉾の地図を片手に行ったり来たりすることである。 続きを読む
北野天満宮の入り口、今出川通沿いの北東角に和菓子店「船屋秋月」がある。ここの名物最中が「北野天神」である。その最中に書かれていた文字が篆書体の「北野天神」である。それにしても、こんなにきれいにどうやって文字を入れるのか興味をひかれるが、まずは漢字の成り立ちの説明から入ろう。 続きを読む
蘆山寺通千本を東へ入ったところにこの看板はかかっていた。看板には右側に柔らかなタッチでひらがなと行書体の「にしむら 姫小機」、左側には篆書体で大きく「手織機」と彫られていた。その字体の配置に味がある。織物の機械を作る「織り機」屋さんである。織物を売る店と違って、入り口は殺風景なくらいがらんとしていた。 続きを読む
京の六角通りは楽しみの多い通りである。六角通りの由来となった「六角堂」があり、画材屋の金翠堂があり、三木半旅館の西南角には信長時代の灯篭もある。 続きを読む
冬の特別公開中の大徳寺の本坊を見学した二月の半ば、京都は昼から雨の降る日となった。早々に帰ろうと高桐院沿いの細道を南へ下ると急に民家が現れ、不思議な空間に迷い込んだ。ここは大徳寺の境内なのか外なのか、その境目がはっきりしない。北大路通りに通じる道に違いないが、観光客が通り抜ける道ではない。 続きを読む
前回、京都府立図書館についての話をしたがもう少し続けよう。
「京都府立図書館」には図書館設立にかかわる貴重な銅板のプレートが残されている。今は一般に公開されてはいないが、横幅90センチはあるだろうか、思った以上に大きくて立派なプレートである。 続きを読む
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