ラジオ第42回「苗木を植える人」

甲骨・芸(甲骨3300年前)

古代文字をいろいろ調べていると印象の強い文字に出くわすことがあります。今日はそんな文字の一つを紹介したいと思います。「一人の人がひざまずいて木の苗を植えている様子」が描かれた絵のような文字です。

この字は、「芸術」、「芸能」、「文芸」などという時の「芸」という字の一番古い形です。もう少し正確に言うと、「芸」という字の旧字体「藝」という字の一番古い形です。「芸」の旧字体は、「草かんむり」と「云」の間に「(げい)」というパーツをはさんだ字です。

実は今の「芸」という字から抜け落ちてしまった(げい)」というパーツこそが「苗木を植える」という意味を担っている部分でした。左側に「土」が二つも入っています。木に土をしっかりかけて苗木を植えたということでしょうか。

「藝」は「苗木を植えること」を表す字です。苗木を植えてそれが成長して一人前の木になるまでには、長い時間が必要です。「藝事(げいごと)」というのも同じではないでしょうか。長い時間をかけて「藝」を磨きやがて「一藝に秀でる人」になっていく経過は「木を一人前に育てる」時間と重なるのです。長い時間をかけて粘り強く育てなければ「一人前」にならないのは、「植樹」も「藝」も同じです。

ところで、「藝」という字を表す古代文字(金文)には「苗木を胸元で抱きかかえている人の姿」で表す文字もあります。

藝・金文(藝 金文3000年前)

人が苗を植えている「藝」の文字にも、苗木を胸元に抱えるこの「藝」という字も、ともに愛おしむように苗木を大切に扱っている人の思いを感じます。苗木を植えてから成長するまで粘り強く育てていくことができるのも、大事に成長させてやろうとする苗木への思いがあるからです。それも「藝」を育てることとつながっているように思います。成長を急いで、水をやりすぎても、肥しをやりすぎても、寒すぎても、暑すぎても苗木は丈夫に育ちません。適度な「熱」が必要なのです。成長に合わせた適度な「熱」が加われば、苗木はすくすくと育つことになります。「熱」という字が、「(げい)」と「灬(火)」との組み合わせだとわかれば、木を成長させるために必要な「ねつ」を表す字であることがわかります。

適度な「熱」がありさえすれば、やがて木はすくすくと「勢い」をつけて育っていくことになります。「勢」という字もまた「(げい)」と「力」との組み合わせでできた字なのです。木は適度な「熱」があれば「力」を得て伸びていくのです。

このように「藝」という字と「熱」と「勢」という字は、木を植えることにかかわる一連の字なのです。そのことがわかると「藝」という旧字体の字から一番肝心な「(げい)」というパーツが抜け落ちてしまったのはあまりにも残念なことです。今の「芸」の字では、「熱」という字や「勢」という字との関係をわからなくさせてしまうだけでなく、肝心な魂が抜かれた字になってしまっているのです。簡単にすればよいというものではないのです。あまりにももったいない話です。

最後に一言。苗木を植えて一人前に育てていくために粘り強い努力と適度な「熱」が必要なように、子どもを育てる教育の世界でも同じことが言えます。かつて、教員を養成する大学に「学芸大学」と名前を付けたのはとても素晴らしいネーミングでした。「芸を学ぶ」ということですから、苗木を育てる粘り強さと適度な熱=愛情が必要であることを学ぶのです。しかし、今は「東京学芸大学」を除きすべて「教育大学」になってしまいました。「教育」の「教」は子どもを鞭でしつけるという意味です。どちらがふさわしいかもう一度考え直してもよいのではないかと思ったりします。

熱・篆文(熱 篆文2200年前)
勢・篆文(勢 篆文2200年前)

放送日:2016年2月8日


2 Comments

  1. 習志野権兵衛

    2016年3月9日 at 11:33 AM

     「申」の字の時は、丁寧な扱い、有難う御座いました。
     今回は、僕が「○○大学學藝学部附属○学校」の在学生だったので、なんか、ちょっと嬉しかったです。とはいえ、在学中に「教育学部」に名前が変更されてしまいましたが。
     で、個人的な感想ですが、旧師範学校を衣替えしたとき、近頃よく言われる「リベラル・アーツ」を「學藝」としたのではないでしょうか。
     それから、これを機会に漢和辞典引いてみたら、「うん」と読むらしいもうひとつ別の「芸」の字があるそうですね。

    • 510sensei

      2016年3月21日 at 2:10 PM

      習志野権兵衛様

      しばらく忙しくしておりまして、返事が遅れました。申し訳ありません。
      リベラル・アーツ」懐かしい言葉ですね。おっしゃる通り、戦後の学制改革で「リベラルアーツ」の訳語「自由学芸」が「学芸大学」のもとになったのでしたね。古代中国の「藝」を起源に命名しておけば、「学藝」という名前を簡単には手放さなかったと思うのですが。「芸」には「除草する、くさぎる」という意味の別の字があります。ですから、今の「芸」が肝心な埶(げい)という字をとってしまったのは残念ですね。

      ゴット先生

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