事・金文

今年の秋は白川静先生没後十年の特別企画が各地で開かれています。9月東京、 10月初めには福島、先週末には先生の生誕地福井市で「白川静先生没後十年」を記念したイベントが開催され、今週末からは金沢でも取り組まれることになっています。ですから、今年はいつになく行事の多い秋を過ごしています。

そんな「行事づくし」の秋にちなんで、「行事」の()、「(こと)」という漢字を取り上げてみます。「事」は「行事・事件・無事・食事」などと使う字で、現在は「ものごと」の「こと」の意味で用いられます。

事・甲骨

事・甲骨3300年前

事・金文

事・金文3000年前

事・金文2

事・金文2 3000年前

古い文字を見ると、「事」の字の中には「物をつかむ三本指の手=右手パーツ」があります。
その手がつかんでいるものは「願い事を入れた器= 口・篆文(さい)を吊るした大きな木の枝」です。「事」は願い事を入れた器を吊るした大きな木の枝を手で持つ形から生まれた字です。現在の字では「事」の上側が願い事の器を大きな木の枝に吊るした形(事・上パーツ)、下側がそれを持つ「手」の形(事・下パーツ)を表しています。枝に吹き流しがつけられている字(金文2)もあるので、小枝ではなく枝分かれした大きな木を掲げていたと思われます。

古代中国では吹き流しをつけた木の枝に 口・篆文(さい)を吊るして、地方の山や川に出かけて祭り=外祭を行いました。願い事を入れた器を掲げた木の枝を先頭に、行列を作って祭りを行う場所に出かけたのかもしれません。その「まつりごと」のことを「事」といいました。ですから、「事」の中でも特に国家的な行事として行われた重要な祭りのことを「大事」といいました。まさに「大事な」祭りのことを言ったのです。

願い事を入れた器を吊るした木の枝を手で持つ形が「事」だとしたら、「願い事を入れた器を吊るした木の枝」そのものを表す字もありました。それが「役人」という意味で現在使っている「官吏(かんり)」の「吏」です。「事」という字の上側のパーツと同じパーツがあります。

願い事を入れた器を吊るした大きな木の枝=「吏」をもって、「祭りごと」を行うために山や川に派遣された人のことを、「吏」に「人偏(にんべん)」をつけて、「使い」の「使」といいました。まさに、「使者」として(つか)わされた人のことを言いました。祭りの使者として遣わされる役人のことから「官吏」という意味で「吏」は使われるようになりました。

吏・金文

吏・金文3000年前

使・篆文

使・篆文2200年前

外で祭りを行う時(外祭)は願い事を入れた器= 口・篆文(さい)を枝分かれした大きな木につけて持って行ったのに対して、朝廷の霊廟(れいびょう)で祖先の王を(まつ)る祭り=内祭のときは普通の木の枝に 口・篆文(さい)をつけてお祭りをしました。それが、「吏」という字から上の横棒を取った「歴史」の「史」です。はじめ、「史」は「内祭」のことを言いましたが、のちその祭りを行う仕事をする人のことを言い、さらに祭りの記録をする人、「記録」そのものを表すようになり、「歴史」の「史」のように使われるようになった字です。

史・金文

史・金文3000年前

「大事」の「事」、「使」の中にある「吏」、そして歴史の「史」はみな「祭りごと」から生まれた同じ系列の漢字です。

「行事」とは「事を行うこと」=「祭りを行うこと」。今も「行事」と言えば、「祭」のようなものです。大きな祭り(大事)もあれば、小さな祭り(小事)もあります。秋は様々な場所で「大事」・「小事」が繰り広げられる季節です。

放送日:2016年10月24日