食・甲骨   青銅器

左:食/甲骨3300年前)

右:青銅器のき(き) イラスト:金子都美絵

今回は「」、「たべる」という字を取り上げます。今から3300年前の甲骨文字を見ると、「食」はふたをした器(き・き)に食べ物を盛り付けた形からできた字です。現在の字ではふたの部分が「やね」のような形(食・上パーツ)で残り、「良」の部分が食べ物を入れた器の形をしている部分です。今では器のようには見えませんが、器の中に食べ物が入っていることから「食」は「たべる、くう」の意味で用いられるようになりました。

漢字を生み出した殷の国の人々の食事は1日2回だったそうです。お日様が上がる時間帯とお日様が沈む時間帯の2回、食事を神様に捧げ、その神様とともに食べることが宮廷でのしきたり(礼儀)でした。その礼を「朝礼」・「夕礼」といいました。朝の宮廷は古代の人々にとっては大切な食事をする時間というだけでなく、国家の重要なことを決める大切な(まつりごと)を執り行う時間帯でもありました。それで政を司る宮廷のことを「朝廷」というようにもなりました。

そんな食事にまつわる字をいくつか取り上げてみます。

即・甲骨

即/甲骨3300年前

最初は、正座した人の前に食べ物を盛り付けた器が置かれた形からできた字です。ふたがないので「やね」のような形がありません。席にすわって、今にも食事をしようとしている人の姿です。それで、食事のために席につくことを表す字となりました。席についたら「そく」食べられるので「即席」といいました。「即席ラーメン」という言い方は、最近あまり使いませんが、すぐ食べられるラーメンという意味ではずばりその通りのネーミングでした。もうお分かりですね。その字は即席の「即」。「そく」何々する=即時という時の「」の字です。左側が食べ物を盛り付けた器、右側の(つくり)は「卩(ふしづくり)」といってひざまずいた人の形です。

既・甲骨

既/甲骨3300年前

二つめは、後ろを向いた人の前に食べ物を盛り付けた器がある形の字です。なぜ人が後ろを向いているのでしょうか。もう腹いっぱい食べたと言って顔を後ろにそむけている形です。食事が終わったことを示します。それで、「すでに」という意味の字になりました。「既婚」「既知」などの字に用いる「」という字です。左側は食べ物を盛り付けた器、右側の「がい(がい)」が顔を後ろに向けた人の形です。

郷・甲骨

郷/甲骨3300年前

響・篆文

響/篆文2200年前

三つめは、食べ物を盛り付けた器を真ん中に置いて二人の人が向かい合っている形の字です。この字も今は食とは関係のない意味で用いられているので、思いつくのが難しいかもしれません。もとは大勢の人達が一緒に食事をしていることを表す字でした。今でいえば宴会を開いている様子を表す字です。それが故郷の「」という字です。この字の真ん中のパーツは、「即」「既」の左側に用いられた食べ物を盛り付けた器「食・パーツ」です。糸の途中のようなパーツ(郷・パーツ)と「阝(おおざと)」が向かい合った人の形を表しています。古代文字のほうがよりリアルです。郷の下に食という字を書く「(きょう)」は文字通り宴会を表す字です。郷の下に音を書くと響くの「(きょう)」です。大勢の人たちが一緒に食事をして和むように、音が集まってハーモニーを奏でるのが「響」です。

宴席で一緒に宴会を開く人々は一族の仲間たちです。同族の人々は同じ土地に住むことが多いことから、「郷」は故郷を表す字となりました。今では同族の人たちが一緒に食事をするという意味はなくなり、「ふるさと」の「さと」の意味で用いられています。

飲・甲骨

飲/甲骨3300年前

最後に「飲料水」という時の「」、「のむ」という字です。古い文字を見ると左側の食の字は「(たる)」の形をしています。「水が入った樽」のようにも見えますが、この樽は「酒樽」だと白川先生は考えておられます。その樽に顔を突っ込むように飲んでいる人の姿が「欠(けん)」です。欠は大きく口を開けた人の形です。「欠席」の欠ではなく、欠伸(あくび)という時の「欠」です。「飲」という字は文字通り酒を飲む人の姿から生まれた字ですが、古代文字はとても印象的な字です。

食べることは身近なことですが、漢字としては意外な字の中に潜んでいます。

放送日:2018年2月12日