本・金文

夕暮れの早さを実感する季節となりました。長い夜を読書で過ごす、そんな秋ですから、今回は「本=書物」にまつわる話をします。

本・金文

本/金文3000年前

本・篆文

本/篆文2200年前

」という字は「木」の形からできています。本の材料の紙は木(パルプ)からできていますから、古代の人たちも木が紙の材料になることを知っていたのかと思われるかもしれませんが、「本」という漢字ができたころ(今から3000年ほど前)には「紙」はありませんでした。紙が出来るのはずっと後のこと、今から1900年ほど前の西暦100年頃の後漢の時代です。

ですから、「本」は、最初は「ほん」ではなく「もと、はじめ」という意味で用いられていました。古代文字(金文)を見ると、木の幹の根元にそこを強調するかのように膨らんだ円い部分(肥点)があります。その膨らんだ部分が、800年ほど経つと、木の根元に横棒として書かれるようになります。それが、現代の「本」の字の基になりました。

このように「本」は木の字の幹の下側に肥点を打って、木の根元はここだと表す字として生まれました。そこから、物事の「もと」=「根本(根元)」を意味する字として用いられるようになりました。その「本」が「Book」の「ほん」」の意味で用いられるようになったのは、おそらく、知識の多くは文字が書かれた書物から得たので、その書物こそ知識の「大本」だととらえたからだと思われます。書物を表す「本」は、知識の宝庫だったのです。ですから、そこに書かれていることは信じるにたるもの、「本物」、「本当」というように、「ただしい、まこと」の意味で用いられるようになりました。

末・金文

末/金文3000年前

末・篆文

末/篆文2200年前

ところで、木の幹の根元を強調した「本」ができると今度は木の幹の先端を表す字が出来ました。「本」の古代文字を逆さに書くとその字になります。それが、今の「」という字です。木の末端を表します。木の上に横棒があります。本と末とは、成り立ちが逆さまだったので、本当に「本末転倒」の字でした。(「未来」の「未」も似た字ですが、こちらは枝葉が広がるさまを表した字です。場所を示す意味では使われませんでした。)

少しそれましたが、「(ほん)」の話題に戻ります。本は「一冊・二冊」と数えますが、なぜそのように数えるのでしょうか。

冊・甲骨

冊/甲骨3300年前

冊・篆文

冊/篆文2200年前

」の古い形は、地面に木を打ち込んで作った柵の形からできた字です。のち、この「冊」が書物を数える単位として用いるようになりました。というのも、杭を網や紐でつないで柵((おり))を作っていくその方法と「本」の原形である文字を書いた薄く細長い竹や木の札=竹簡・木簡をひもでつないで作っていく方法が似ていたので、竹簡・木簡=書物を数える単位として「冊」を用いるようになったのです。それを現代にまで引き継いで用いています。

漢代木簡(「世界史の窓から」)

漢代木簡(「世界史の窓から」)

編・甲骨

編/甲骨3300年前

竹や木の短冊を一枚ずつひも(糸)で繋いで竹簡、木簡を作ってゆくことを「編む」といいます。「糸へん」に「扁」と書きます。「扁」は片開きの網戸の形ですが、もとは、竹簡・木簡を順次糸で綴じていくことを表した字で、「綴じる、連ねる、ふみ、書物」を表す字でした。短編小説・長編小説、編集等の使い方の中に元の意味を残しています。

典・金文

典/金文3000年前

最後に「竹簡・木簡」を用いた漢字をもう一つ紹介します。竹簡・木簡を置いた台の形からできた字です。古代文字の上側が竹簡・木簡( 典・上パーツ)、下側の「典・下パーツ 」が置く台の形です。「古典」というときの「」です。「ふみ、書物」を表しました。今でも、辞典、古典、出典など「書物」の意味で用いています。また、その「ふみ、書物」は、手本とすべきものとして尊ばれたことから、「典型」というような用い方をされるようにもなりました。

古く、書物を表す字は「本」・「編」・「典」などがありました。どの漢字も古い時代の記憶を今に残しています。秋の夜長、「短編・長編小説」、「古典」などいろいろな「本」を読んで、知識の大本へ分け入ってみてください。

放送日:2021年10月25日