(雨/甲骨3300年前)
第182回「穀雨」(4月30日)でも取り上げましたが、いよいよ雨の季節の到来です。
「雨」という字の古代文字は、天(雲)から雨粒が落ちてくる、わかりやすい字です。今の字にも天(雲)と雨粒は残っていますが、古代文字の方がシンプルです。今年の「梅雨入り」は、関東では6月6日、九州は6月11日、関西でも今週早々にも梅雨入りだそうです。いよいよ、「梅雨入り」=「入梅」です。*関西は6月14日に梅雨入りしました。
入/甲骨3300年前 |
入/金文3000年前 |
「入梅」の「入」、「入る」という字は、家の屋根もしくは玄関の形からできた字です。古代文字を見ると、たしかに屋根のような形をしていますが、白川先生は、家の玄関の形ではないかとおっしゃっています。
内/金文3000年前 |
内/篆文2200年前 |
というのも、「内外(うちそと)」という時の「内」という字の古代文字が、「 =家の形」をした建物の中に「 =入り口」を表す「入」がある形だからです。入り口から家の中に入るとそこが「内」です。「内」は、外側の「 (家)」と入り口を表す「 (入)」とが組み合わさった字です。ですから「 (入)」は屋根(家)ではなく玄関の形だということです。
だとすると、内という字の中に書かれるのは「入」という字のはずですが、今の字では「人」と書きます。というのも、もともと、「入」だったのに、長い間に「人」に置きかわってしまったのです。「入」と「人」の字がとても似ていたので、間違えられてしまいました。漢字の中には長い間にこんなふうに間違って伝えられてしまう字もあるのです。
梅/篆文2200年前 |
楳/篆文2200年前 |
少し、雨から離れましたが、日本では、6月の長雨を「梅の雨」と書いて「つゆ」と読みます。もともとは中国の揚子江下流域の人々が梅の実が熟す頃に降る長雨のことを「梅雨」と呼んでいたことが始まりだそうです。一説には、カビ(黴:読みはバイ)が生える時期の雨ということから名づけられたとも言われていますが。その「梅雨」の「梅」という字は、右側の「毎」の字が音のみを表し、「バイ」と発音する木のことを指します。「毎」は「マイ」としか今は読みませんが、「バイ」と読む読み方もあったのです。
ただ、「うめ」を表す字として「梅」と書くようになるのは、漢字の歴史としては新しく、今から2200年ほど前のことでした。それまでは別の字で書かれていました。今でも名字に使われることがあります。マンガ家の「楳図かずお」さんの「うめ」が「木へん」に「某」(木の上に甘いと書く字です)という字を書く「楳」です。その「楳」の字が「うめ」のもともとの字でした。「某」は、口にものを含んだ様子を表します。梅は口に含んでも甘くはありませんが、この場合は「食べられる実」のことを指しています。
楳/金文3000年前 |
楳/篆文2200年前 |
「楳」の元の字は、3000年ほど前からある字ですが、2200年ほど前に「梅」と書く字がでてきて、併用されるようになりました。今では「梅」という字が常用漢字に入っています。これも長い間に取って代わられた字と言えるかもしれません。
「入る」の「入」も、「梅」という字も、漢字の長い歴史の間に間違われたり、新興勢力として勢いを広げたりした字だったのです。梅雨に入ることを入梅と言いますが、「入梅」の二文字には、そんな歴史がありました。
ところで、「梅雨入り」を表す「入梅」があれば、「出梅」もあります。あまり馴染みはありませんが、「梅雨明け」を表す言葉です。
いよいよ雨の季節です。どうか今年の梅雨が「出梅」まで大きな災害をもたらしませんように。祈ります。
放送日:2022年6月13日
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