櫻・桜 篆文

咲き誇っていた桜の花も散り、京都は葉桜の季節になりました。
桜は開花、満開、落花、そして葉桜、本当にどこをとっても魅力的です。

櫻・桜 篆文

櫻・桜/篆文2200年前

私たちが使っている「桜」という字は新しい字体で、旧字体は「(さくら)」と書きました。「木へん」に「(えい)」と書きます。

「嬰」は「女」の上に「貝」を二つ書く字です。「嬰児(えいじ)」と使います。幼い子ども、みどりごを「嬰児」と言います。女の子が生まれると魔除けに貝の首飾りをかけたことが語源だと白川先生はおっしゃっています。貝には命を守る力があると考えられていた時代のことです。同じように命を守る力があるものに「玉石(ぎょくせき)」があります。丸い宝石の真ん中をくり抜いた5円玉を大きくしたような形のものです。男の子が生まれた時には、この「玉石」をかけたようです。貝も玉も命を盛んにする力があるものとして大事にされました。

とはいえ、もともと「さくら」の字に「嬰」を用いたのは、櫻の(おん)=「おう」を表すためでしたが、この字に命を盛んにする力が込められていると思うと、なんだか、櫻の花が人を魅了して止まない力の源がこの字の中にもあったのかと思わずにはいられません。花の時期のどこをとっても絵になる「櫻」の魅力を表すには、やはり旧字体が似合っている気がします。

*「櫻」は「おう」、「嬰」は「えい」。今は音が違いますが、古くは近い音だったようです。

世・金文

世/金文3000年前

さて、花の時期が終わるとあっという間に若葉の季節に移ります。みずみずしい若葉はそれだけで、命の輝きにあふれます。古代の人々は、その輝きに新しい時が動き出したことを実感したのかもしれません。

古代文字に、木の枝先に新しい芽が芽吹く形の字があります。三本に分かれた枝先にふくらみがあり、新しい芽が生まれてきていることを表します。その字が、「世の中」の「」、「世代」の「世」になりました。今の「世」という字にも、芽をつないだ横棒の上に突き出した三本の縦棒として枝の名残りがあります。よく見ると古代文字(金文)は、今の字に確かに似ています。

その木の枝に生まれた新しい芽に「はっぱ」が出てくると「」という字になります。

葉・金文

よう・葉 金文3000年前

葉・篆文

葉/篆文2200年前

葉は「草かんむり」と「世」と「木」との組み合わせから成り立っています。木の上にある枝の先から新しい若葉の命が芽生え、新しい時が動き出します。毎年、こうして新しい葉に生まれ変わっていく様子から「世代」の「世」になりました。

少し大げさかもしれませんが、新しい若葉に出合うということは、命のバトンが続いていく永遠のドラマに立ち会っている気さえしてきます。「世」の中は、そうして時を刻んでいくんですね。

ところで、「葉」という字の中にある、「世」と「木」を組み合わせると「 よう(よう)」という字になります。今はこの字を単独で使うことはないのですが、この字は、「葉っぱ」のように薄くてひらひらするものを表します。そこで、いろいろな字の中のパーツとなって新しい字を作っています。

鰈・篆文

鰈/篆文2200年前

諜・篆文

諜/篆文2200年前

たとえば、「」です。「虫へん」を「 よう(よう)」につけると、ひらひら飛ぶ「蝶々」になります。二つ目は、「魚へん」をつけた「(ちょう)」です。あの薄い板のような魚の「カレイ」です。三つ目は「口へん」をつけた「(しゃべ)る」の「(ちょう)」です。おしゃべりは軽い調子で話すからでしょうか。あるいは、薄っぺらいものととらえていたのでしょうか。最後は、「言(ごんべん)」をつけたスパイの意味を持つ「(ちょう)」です。身軽に行動する「しのびの者」が浮かびます。

このように、「 よう(よう)」は新しい時の動きを表す深い意味合いから葉っぱの軽さ、薄さの意味合いまで、軽重自在に字を作っています。

「葉櫻」という言葉は、櫻の優美な色合いを残しながらも新たな時の流れを感じさせる不思議な力を持った言葉だと言えそうです。

 

放送日:2023年4月10日