取・甲骨

前回に引き続き「耳」の話です。「耳」が入った字には、「聖」のように耳の優れた機能を表す字もありますが、物理的な「耳そのもの」を表す字もあります。

例えば「恥ずかしい」という字に使われる「耳」。「はずかしさ」を感じる時、体の中で最初に反応するのは耳でした。耳がほてるように赤くなったのでしょう。「恥」という字には「耳」が入っています。

恥・篆文(恥・篆文)

同じように、物としての「耳」が入っている字として「取」という字があります。「取る」という字です。この字はどのように生まれた字でしょうか。

取・甲骨(取・甲骨)

「取」という字の古代文字は「耳」と「手」の組み合わせからできています。耳に手をかけている形です。何のためでしょうか。

漢字が生まれた三千年以上前、(いくさ)で敵を討ち取ったとき、倒した証拠として「左耳」を切り、持って帰ることが行われていました。その戦でどれだけの手柄を立てたかがわかるように。残酷な習慣に思えますが、「取る」という字の「取」はそのような背景から生まれました。耳に手をかけているのはその耳を「切り取る」ためでした。

京都にはその切り取られた耳を供養した「耳塚」が残されています。その耳塚は豊臣秀吉の時代のものです。国も時代も違いますが、秀吉が朝鮮出兵をした折に持ってこさせた耳を供養したお墓です(実は鼻もあったので、鼻塚とも呼ばれていました)。秀吉の時代になっても、その残酷な習慣はあったということです。京都の東山七条。京都国立博物館の近く「方広寺」の西側にあります。見上げるくらいの大きな塚です。

戦場から耳を持って帰ってくる兵士たちの「耳の数」を数える役人もいました。その役人の数える耳の数に応じて恩賞が与えられました。その中で誰が一番たくさんの耳を持って帰ってきたか、それを表す字もできました。「最」という字です。もっとも多く耳を取って来たので「最多」の「最」となりました。「最」の「ぼう・上」は、古くは「ぼう・旧(ぼう)」=「耳を覆う形」を表しています。取った耳を入れる袋だったのかもしれません。

最・篆文(最・篆文)

ということで、「取る」の「取」、「最も」の「最」という字、何ともこわーいルーツを持っているのです。

他にも、「取」という字を使った字には「(めと)る」という字があります。娶るも古く他族から略奪するように妻を獲得したことの名残かもしれないと白川先生は書いておられます。「最」には「撮影」の「撮」の字があります。「最」に「手へん」をつけた「撮」は、指先でつまむようにして取ることを表す字でした。

娶・甲骨(娶・甲骨) 撮・篆文(撮・篆文)

 

最後に耳が関係する、ある言葉のいわれをお話して終わります。

古く中国の諸国を治める王様たちは、同盟を作って互いの国を守る会合を開いたりしました。今でいえば,「TPP」の交渉に参加する国々のようなものでしょうか。交渉が成立すると皆がその約束を守るよう固く誓い合う儀式を行いました。交渉を一番リードした国の王様が主導して執り行われました。

それが、牛の耳を切り取ってその血を互いにすする儀式です。その牛の耳を切り取る役は、その交渉で一番中心的な役割を果たした王様が行いました。その地位を得るために、陰で熾烈な主導権争いがあったに違いありません。晴れて、その役目を得た王様こそが、その会合の牛耳ぎゅうじる」・「牛耳る」ということになりました。

耳は、人間の優れた能力を表す字に使われることもあれば、耳を切り取るような怖いルーツの字の中にも使われました。「耳」は耳でも、今回は少し怖い耳の話になりました。

放送日:2015年11月9日