及・金文(及/金文)

前回、物をつかむ時の「手」を表す古代文字(右手パーツ)が現在の字では「又」の形に変身している例(友・取・受)を紹介しました。その話の最後に「」という字をとりあげました。人の足に手が届いたような字で、「およぶ・おいつく」という意味に使われています。やっと追いついた様子、たどり着いた様子から岸田君の「ずいぶんあわてていたのかな」というコメントがありましたが、想像通り大いに慌てて追いついたのです。それで、その時の気持ちを表す漢字も作られました。

及・篆文

及/篆文2200年

急・篆文

急/篆文2200年

古い文字を見ると「及」という字の下に「心」を書いた字です。今は「及」という字が別の形になっているので思いつかないかもしれませんが、「急ぐ」という時の「」です。形は変わっていますが、「急・人パーツ」の部分が「人」の形を、「急・手パーツ」の部分が追いついた「手」を表しています。真ん中の横棒から垂れ下がるように腕を伸ばせば、古代文字の物をつかむ手の形(右手パーツ)です。先ゆく人にやっと追いついた時の気持ちを「急」という字で表しました。急・手パーツ」の形になっている部分も実は物を持つ「手」の変身形なのです。

筆・篆文

筆/篆文2200年

書・金文

書/金文3000年

そのカタカナの「ヨ」に似た部分の入った代表的な字が「」という字です。文字通り「竹」で作った「ふで」を手に持って字を書く形です。真ん中の縦の直線が竹の棒を表し、その竹の棒を手で持つ形が「ヨ」で表され、手の下の二本の横線が筆先を表しています。古い文字では「筆先」の部分がリアルに描かれています。「書く」という字の「」にも手があります。「筆」という字もそうですが、「ヨ」の字の真ん中の棒が少し出ています(筆・手パーツ)。真ん中から腕が伸びている名残です。「急」という字も今は「ヨ」になっていますが、一昔前の「急」は真ん中の棒が少し出ている字(急・旧字)です。今の字は整形されてしまいました。

掃・篆文

掃/篆文2200年

建・金文

建/金文3000年

掃除の「掃」には「ヨ」が、「建築」の「建」には「聿」があります。

寸・篆文

寸/篆文2200年

物をつかむ手の変身の最後は「寸」です。物の長さを図る一寸、二寸という時の「寸」も手を表す字です。「寸」は古くは手の指一本の幅の長さをいう字でした。短い長さなので、「ちょっと、少し」という意味に使われるようになりました。ちなみに、手の指をいっぱいに広げた時の親指から中指までの長さを「尺」といいました。尺の十分の一が「寸」でした。

「寸」のつく字で何か思いつきますか?

射・金文

射/金文3000年

持・篆文

持/篆文2200年

まずは「射撃」の「」、「()る」という字です。古い文字を見ると弓をいる時の弓矢と右手が描かれています。もう一つは、手に何かを持つという時の「」という字です。

今回取り上げた手の形「ヨ」と「寸」が両方入っている字があります。「尋ねる」という時の「」です。神さまにお仕えする人が右手に願い事を入れた器=口・篆文(口)を持ち、左手に神さまを呼び出すことのできる祈りの道具=「工」を持って舞いながら、神さまどこにおられるのですか、私たちのところに降りてきて願い事を聞いてくださいと「たずねる」ことを表します。右手と左手を縦に並べた形が「尋」となります。

手の形が変身して漢字の中に紛れ込んでいる例はまだまだあります。今回はその代表的なものをあげましたが、手が一つだけでなく複数入った字なども挙げれば、手の形を持つ漢字はさらに広がっていきます。多いものでは、一つの漢字に手の形が五つも入っている字もあります。古代文字では次のように書く字です。

挙・篆文

挙/篆文2200年

挙・爪パーツ(つめ)の形。これも手を表します。手が2つ。挙パーツ には3つの手。合わせて5つです。多くの手である物を高く掲げている様子です。それで、旧字体では擧、現在の字では「挙手」という時の「」という字になりました。高く掲げるある物とは「 挙・象牙パーツ 」です。これは、「象牙(ぞうげ)」だと言われています。多くの手で貴重な象牙を高く掲げている様子から「擧(挙)」という字は生まれました。

放送日:2016年5月9日