王・金文

前回、「赤」という字が、人が両手両足を広げた「大」と「魔を追い払う力」を持つ「火」との組み合わせからできた字だということを紹介しました。

古代の人々にとって「魔」は得体の知れない恐ろしい力を持つものでした。「病気」、「祟り」、「事故」、「自然の猛威」、それらの恐ろしい「魔」にどう立ち向かうか、様々な方法で挑んだのです。とくに、人を殺傷する武器は同じぐらいの力で自分たちの身を守ってくれるものと信じていました。

弓・甲骨

弓/甲骨3300年前

矢・甲骨

矢/甲骨3300年前

だから、例えば、「弓矢」は魔を追い払う道具として用いられました。「医者」の「」には矢があります。病気という魔を治すとき「矢」の威力を借りました。正月に神社で授けられる「破魔矢」は、文字通り魔を破る力を持つものとして日本の風習の中に受け継がれました。平安神宮で行われる2月の節分会では、桃の木で作った弓で四方の地面をたたいて悪霊を追い払う儀式が行なわれています。今でも「弓矢」は「魔」を追い払う力を期待されているのです。

王・金文

王/金文3000年前

往

往/甲骨3300年前

往・金文

往/金文3000年前

(まさかり)」も大きな力を発揮しました。大きな鉞の刃の部分(下の写真左側)は「王」という字のもとになりました。最も強い力を身に付けた人のシンボルが「鉞」だったのです。ですから、王様の玉座の横には鉞の刃が置かれていました。

王様の使いで遠くの国へ出かけるときは、悪いものに出遭わないよう、その鉞の刃に足を乗せ、鉞の力を身に帯びて出かけて行ったと言われています。そのことを表わす字が残っています。「往来」の「」。「往く」という字です。上記の古代文字には、鉞の上に足跡の形(足あと)があります。それが、「往」の原形です。

吉・金文

吉/金文3000年前

赤・甲骨

赤/甲骨3300年前

力を発揮する鉞は、大きなものだけではありませんでした。小さなものも力を発揮しました。小さな鉞の刃は、武士の「士」という字になりました。願い事を入れた器=口(さい)が、いつまでも願い事をかなえる力を持ち続けるようにと器の上に小さな鉞を置いて守りました。その字が「大吉」。「小吉」の「」です。よい願いが「小さな鉞」に守られていつまでも続くこと、それが「吉」でした。

前回紹介した「赤」にある「」もそうした力を持つものでした。直接的な武器ではありませんが、「火」は物を焼き尽くすことができる恐ろしい力を持つものです。だからこそ、「魔」を追い払う強い力があると信じられていました。「火祭り」のように「火」を使った祈りの行事は、今も日本各地に残っています。

陽・金文

陽/金文3000年前

傷・篆文

傷/篆文2200年前

それ以外に、ドーナッツのような形をした宝石の「」(下の写真右側)も力がありました。玉をテーブル(台)の上に置き、そこに光が差すと神の力が宿って下方に広がっていく様子を表した漢字があります。それが、「太陽」の「」です。神が下りてくる梯子の「(阝(こざとへん)」とテーブルの上に置いた玉(曰)が下方に光を放っている様子を表わした「易(よう)」との組み合わせです。テーブルの上に光輝く玉を置いて儀式をしたところを「」と呼びました。その力で水が暖められれば、「お湯」となりました。

「易」の力は様々なものに及びましたが、その「易」に蓋がかぶせられると力(パワー)は閉じ込められ、弱くなってしまいます。それが、「」という字です。今はけがをした時の「傷」を指しますが、古くはその人から発する力(パワー)がなくなってしまった状態を表わす字でした。いわば、「心の力(パワー)」がなくなってしまった状態が「傷」でした。(ちなみに、古くは外傷は「疾病」の「疾」と言いました。人の(わき)に矢が刺さった形から生まれた字です。文字通り外傷です。)

今日は「勤労感謝の日」です。月曜日が「勤労感謝の日」は5年前にもありました。第37回ラジオでは「勤労感謝の日」にちなんで「勤労」を取り上げ、「力」をパーツに持つ漢字(男・協・劣・加・賀等)を取り上げました。今回は、二番煎じにならないよう、「力」は「力」でも得体の知れない魔物に立ち向かう力を持つ漢字を取り上げてみました。コロナ下の不安な日々に立ち向かう力を失わないよう鉞の刃と玉の写真に願いを込めます。

鉞の刃

鉞の刃(殷墟婦好墓)

玉

玉(洛陽博物館蔵)

 

 

 

 

 

 

放送日:2020年11月23日