丑・金文

コロナ禍の中、年が明けました。今なお厳しい状況が続いていますが、何とか光を見いだせる年になればと願っています。今年もよろしくお願いいたします。

さて、今年は、十干十二支(干支)では「辛丑(しんちゅう)(かのとうし)」の年です。「うし」は、暦の上では「」ではなく、普段あまり使うことのない「」の字を用います。「丑」は、本来動物の「牛」の意味はなく、異なる意味を持つ字でした。

ご存知のように「干支」は「十の幹」と「十二の枝」、十干十二支の組み合わせからなり、60年で一回りする数の数え方です。今年は、干支で言えば「辛丑(かのとうし)」の年に当たります。

「干支」を暦とする歴史は古く、漢字が生まれた中国の商(殷)という国ではすでに使われていました。3300年以上前のことです。当時は『年』という単位ではなく「日にち」を表す使い方でしたが、亀の甲羅や獣の骨に刻まれた占いの文章には、占った人が誰かとともに、何月の何日にそれを占ったかが、「干支」で示されています。

「干支」を用いる歴史は、そんな古い時代から始まり、日本に伝わって今日まで使われ続いているのですからすごいことです。しかし、その「干支」の「十二支」に動物の名前を当てはめたのは、使われ始めてから1000年以上も経った秦の始皇帝の時代(2200年前)の頃だと言われています。ですから、3300年以上前から使われた「十二支」の漢字は、動物の名前とは直接関係がなく、後になって「当て字」として用いられたものでした。

丑・甲骨

丑/甲骨3300年前

丑・金文

丑/金文3000年前

では、「」はどういう字なのでしょうか。古い文字(甲骨)は、「物をつかむ手の形」をしています。しかも、指の先がカギのように曲がっています。指先に強く力を入れて(爪を立てて)物をつかもうとしている形です。爪を立てて物をつかもうとする動作を表わすことから「強くつかむ、強く結ぶ」等の意味を持つようになります。「糸へん」に「丑」と書く「」は「ひも・くみひも・むすぶ・より合わせる」などの意味で用います。「金へん」をつけると「(ちゅう)」。蓋や印の「つまみ、つまむ、把手」の意味となります。

しかし、多くの方は、「丑」と言えば、「物をつかむ手」のイメージより「時間」を表わす「丑」の使い方のほうになじみがあるかもしれません。例えば、「丑三つ時」。「丑時」は現在の午前1時から午前3時まで。「三つ時」は、午前2時から2時半までの間のことです。幽霊の出る時間です。他にも、「丑の刻参り」などとも言います。深夜、人知れず呪いをかけに出かけるイメージです。

辛・甲骨

辛/甲骨3300年前

辛/金文3000年前

ということで、暦の「丑」は動物の「牛」とは全くかかわりのない字でした。

では、「辛丑」に使われているもう一つの字「」はどういう意味でしょうか。甲乙丙丁戊己庚辛壬癸と続く十干の中の8番目が「辛」です。「辛」は古い文字(甲骨)を見ると「取っ手のある大きな針」の形をしています。主に「入れ墨用の針」として使われた字です。

言・甲骨

言/甲骨3300年前

新・金文

新/金文3000年前

この針の下に願い事を入れた器=口(さい)を置くと「」という字になります。願い事に嘘偽りがないことを証明するために嘘をついた時には針で入れ墨を入れる刑を受けるとの誓いを示す字です。自分が言った言葉にちゃんと責任を取る。はるか昔の人々は、こんな厳しい態度で言葉を使っていたことがわかるのです。「嘘ついたら針千本飲ます、指切った」という「指切りげんまん」の遊びの約束事と同じです。現代のお偉い方々にも少しは「言葉」の重みというものをかみしめてほしいとつくづく思ったりします。

それから、新しい位牌を作るための木の選定を行う際にもこの針を用いました。この針を投げて当たった木を神聖な木として切り出し、位牌を作りました。その行為を「」といいます。「立」+「木」の「立」の部分が大きな針です。

童・章・親・商・辞などなど、今では、隠れるように漢字の一部になっていますが、「おおきな針」は今もいろいろな字の中に紛れ混んでいます。

「辛」は、入れ墨を入れる痛さから「つらい、きびしい」等の意味を、それを味の上に移して「からい」の意味に用います。コロナ禍の2021年の船出が「つらく、きびしい」年の始まりを暗示するのも、この「辛」の字が入っているからかもしれません。

確かに、「辛丑」の意味を併せると「つらくきびしい年」のはじまりを予感させます。しかし、「禍福はあざなえる縄のごとし」と格言にあるように、禍と福はより合わせた縄です。暦の「丑」年のごとく、両方の指に強い力を入れてより合わせれば、必ず「禍」の向こうに「福」の縄がのぞくはずです。つらくても厳しくても手に力を込めて「福」をつかむ1年にしたいものです。

放送日;2021年1月11日