壬寅(壬寅)

毎年、年の初めの放送は、今年の干支を取り上げています。今年は「壬寅(じんいん)(みずのえとら)」の年です。「とら」は、暦の上では動物の「虎」ではなく、普段あまり使うことのない「寅」の字を用います。「寅」は、本来動物の「虎」の意味はなく、異なる意味を持つ字でした。

ご存知のように「干支」は「十の幹」と「十二の枝」、十干十二支の組み合わせからなり、60年で一回りする数の数え方です。今年は、干支で言えば39番目の年に当たります。

「干支」を暦とする歴史は古く、漢字が生まれた中国の商(殷)という国ではすでに使われていました。3300年以上前のことです。亀の甲羅や獣の骨に刻まれた占いの文章には、占った人が誰かとともに、何月の何日にそれを占ったかが、「干支」で示されています。

「干支」を用いる歴史は、そんな古い時代から始まり、日本に伝わって今日まで使われ続いているのですからすごいことです。しかし、その「干支」の「十二支」に動物の名前を当てはめたのは、使われ始めてから1000年以上も経った秦の始皇帝の時代(2200年前)の頃だと言われています。ですから、3300年以上前から使われた「十二支」の漢字は、動物の名前とは直接関係がなく、後になって「音」を借りて「当て字」として用いたものでした。

壬・甲骨

壬/甲骨 3300年前

壬・金文

壬/金文 3000年前

任・金文

任/金文 3000年前

妊・金文

妊/金文 3000年前

壬寅(じんいん)」の「」は、工具の形から生まれた字です。古代文字は「工」とほぼ同じ形をしていますが、中央の支柱がふくらんでいました。(そのふくらみが現代の字では真ん中の横棒(一)になりました。)「壬」は、金属を打って器物を作るためのたたき台です。強い力にも堪えるように真ん中がふくらんだ形をしていたようです。

現在では、「壬」の字単独で用いることは少ないですが、任務とか妊娠という字の中に使われています。「任務」は強い力に堪えて働くたたき台のように、堪えて務めを果たすことを言います。また、「壬」は中央がふくらんでいたことから赤ちゃんをはらんだ女の人=妊婦の「」という字にも用いられました。「壬」は、強い力や重さに「たえる」、「(事に)あたる」、「(事を)になう」、「はらむ」等の意味を持つようになった字です。

寅2・甲骨寅1・甲骨

寅/甲骨 3300年前

黄・甲骨

黄/甲骨 3300年前

壬寅(じんいん)」の「」は「トラ」と読みますが、成り立ちから言えば、弓矢の「矢( 矢 )」と「左右の手( 収 )=収(キョウ)」とを組み合わせた字です。元は、曲がった(歪んだ)矢を両方の手で真っすぐに直す動作から生まれた字で、「虎」とは全く関係のない字でした。干支に動物を割り振っていくとき、「寅」に「トラ」を割り当てたのです。

古代中国では、矢を神様に捧げる儀式があったようです。神様に捧げる矢は曲がっていてはまずいので、両手で真っすぐに正して捧げたその儀礼を表す字だと白川先生はおっしゃっています。ですから、神さまを「うやまう、つつしんで捧げる、つつしむ」の意味で使われた字でした。干支に使われる「寅」の字を見ていると、真ん中に一本の矢があり、田のように見える左右の部分が両手(ヨを左右対称にした字)を表し、下側のはねた部分が「矢羽(やばね)」に当たります。

この字と似た字に黄色の「(コウ)」があります。3300年前の字には「寅」とほぼ同じ形の字があり、「火矢(火を仕掛けて射る矢)の形」だと白川先生は説明されています。「黄色」の「黄」も矢の形から生まれた字だったのです。「寅」と「黄」とは確かに今の字でもよく似ています。「寅」が「虎」に見えてくるのは、ひょっとすると虎の黄色の毛と関係があるのかもしれません。(本当は橙、オレンジ色ですが、「阪神」のイメージが強力ですから。)

干支に用いられる「寅」は、「虎」とは関係なく、神に捧げる矢を正す形から生まれた字で、「うやまう、つつしむ」の意味を持つ字です。

以上のような成り立ちをもつ「壬」と「寅」とが結びついて今年の干支になりました。漢字の成り立ちから言えば、壬には我慢強く堪える力があり、堪えている間に新しい何かを生み出す(はらむ)力をつけるイメージがあります。「寅」には、「つつしむ」意味があり、二つを合わせると、残念ながら今年も、総じて我慢し、慎む年になるのかもしれません。しかし、それは新たな飛躍のための力をつけるための年、我慢して堪え、慎む中から新たなものを生み出す大事な土台作りの年にせよということなのかもしれません。

今年も大飛躍の年とはいかないかもしれませんが、それでも皆さまには良いことが日々ありますように。

放送日:2022年1月10日