愛宕山お札火迺要慎

前回(11.14)、11月の京都は、「」の月でもあるという話をしました。「火」には「災禍」を(はら)う魔除けの力があるとの信仰が、京都のあちこちの神社に「お火炊(ひた)き祭」の風習として残ってきました。

しかし、火は、災禍を祓いもしますが、それ以上に、災禍をもたらす恐ろしい原因ともなりました。京都に都ができてから1230年弱。京都の街は何度となく大きな火災に見舞われ、その都度、再建を繰り返す歴史を歩んできました。平安時代にも、室町時代にも、そして、江戸時代にも、街の大半を焼き尽くすような大火に遭い、いつとはなく「火伏せ(火除け)」の信仰も盛んになりました。

京都の西、嵐山の北西に位置する「愛宕山(あたごやま)」の頂上には、「雷除けの神、火除けの神」を祀る「愛宕神社」があり、京都の街を見下ろすように鎮座しています。京都の街で火を扱うお店なら、必ずと言ってよいほど、愛宕神社の「火除けのお札」が調理場に貼ってあります。もちろん、一般家庭でも台所に貼る家は多くあります。3歳までに愛宕山に登ると一生火事などの火の難に遭わないとも言われています。度重なる大火を経験している街だからこそ、「火の用心」に心がける意識の高さが伝統的にあるのです。そのシンボルが、「阿多古祀符 火迺要慎」と書かれたお札です。(冒頭の写真参照)

火・甲骨

火/甲骨3300年前

迺・甲骨

迺/甲骨3300年前

通常、「ひのようじん」と言えば、「火」に「用いる心」と書いて「火の用心」と書きますが、愛宕山のお札は「」と「しんにゅう」に「西」と書く「()(すなわち)」という字と重要の「」に「慎む」という時の「(しん)」と書きます。

「火の扱いに心を用いよ(注意せよ)」という通常の「火の用心」ではなく、当て字を使って書いた「火迺要慎」は「火はすなわち慎重に扱うことをかなめとせよ」(慎重にも慎重をきせ!)との戒めが込められているようです。

用・甲骨

用/甲骨3300年前

心・金文

心/金文3000年前

「火の用心」の「」は、木を組んで作った柵の形からできた字。(桶の形という説もあります。)柵であれば、中で動物を飼うために用いたということであり、桶であれば、水を汲んだり、入れたりするために用いたということになります。そのように物を「用いた」ことから、ひろく「用いる、使う」の意味で使われるようになりました。

「用心」の「」は、心臓の形。「心を用いよ(注意せよ)」とのメッセージを表す熟語が「用心」。

要・金文

要/金文3000年前

慎・篆文

慎/篆文2200年前

一方、愛宕神社のお札の「要慎」の方の「」は、女性の腰骨の形からできた字で、もとは「こし(腰)」の意味で使われましたが、「こし(腰)」は人間の体にとってとても大事な場所ですから、「かなめ」という意味で使われるようになりました。そこで、「こし」を表す字として「肉づき=月」をつけた「腰」という字が作られました。

ところで、どうして「要」の下の部分が「女」なのか。白川先生は、女性の「腰骨は発達が著しいので、下部を女の形とした」と『常用字解』に書かれています。腰の大事さを女性で代表させたということでしょうか。

「要慎」の「」について。白川先生は、右側の「真」が「不慮の災難にあった行き倒れの人」のことを言い、その行き倒れの人を丁重に扱う時の心情を表す字が「慎」で、「つつしむ」の意味を表すとおっしゃっています。「謹慎(言動や行動を慎む)」あるいは、「慎重(注意深くすること)」等と使います。軽々しくいい加減に扱わないという気持ちを全面に込めた字です。

ですから、「要慎」に「(かなめ)」と「(つつしむ)」を用いると、(本来は当て字ですけど)火の扱いをゆめゆめおろそかにするなよという日頃の心がけの重要性をより強調しているように感じます。繰り返し繰り返し災禍にあった京都人への戒めです。

さて、日本全国にはいろいろな「火の用心」のお札があるでしょうが、京都には、万葉の歌人「柿本人麻呂」の肖像画が入った次のような遊び心のあるお札もあります。(京都の鳩居堂にあります。)「柿本人麻呂」をもじった「火気(かき)(もと)火止(ひと)まる」。絵は京都の版画家「徳力富吉郎」。こういうしゃれっけのある「火の用心」もいいですね。

今回も、京都の「火」を巡るお話になりました。これから、寒さも厳しくなっていきます。火を扱うことも多い季節。日頃から「火迺要慎」に心がけていきましょう!

火の用心お札(柿本人麻呂)

放送日:2022年11月28日