始・金文

2月も半ばになり、春めいた気温になってきました。冬の間、畑仕事もご無沙汰でしたが、先日から土を耕し、畑に種をまく準備を始めました。

始・金文

始/金文3000年前

始・篆文

始/篆文2200年前

その「始めました」の「」という字は、農耕の開始にあたって農具をはらい清める儀式を表した字です。

「始」は「女へん」に「台」。「台」は「ム(田畑を耕す農具の(すき))」に「口(願い事を入れる器 口・さいサイ)」を組み合わせた字です。古代の人は農耕の初めに農具である耒を清めておかないと秋に虫が発生して農作物が食べられてしまうと考えていました。ですから、道具を使い始める前に、虫がつかないようお祈りをし、耒をはらい清める儀式を行ないました。その儀式を行なったのが女性だったので「女へん」が入ったと言われています。

こうして古代の人々が農作業の始まりに農具を清めたように、私も、久しぶりに使うスコップや鍬をていねいに洗ってから始めました。

種・戦国文字

種/戦国文字 2500年前

種・篆文

種/篆文2200年前

土を掘り起こし、堆肥を入れた場所には、3月に入ったらジャガイモを植えようと考えています。その準備のために「種イモ」を買いにホームセンターに行ったとき、「」という漢字が妙に気になり始めました。

「種」は「(のぎ)へん」と「」です。なんで「重い」という字が入っているのだろう?(前回、質問をお寄せいただいたリスナーの方と一緒です!)

そこで、「種」の字を調べてみました。

重・甲骨

重/甲骨3300年前

重・金文2

重/金文3000年前

まずは「」の字からです。「重」はよくみると「里」という字が入っているので、漢和辞典の部首には「さとへん」とされています。しかし、この字は「里」とは関係がありません。一番古い文字(甲骨)をみると、人と袋と足あとの形からできています。人が袋を背負って歩こうとしている形からできた字です。おそらく、人が背負っている背中の袋が「おもい」ことから「重」の字は作られました。

次の時代(金文)には、袋が人の足元に描かれ、現在の字に近づきました。袋は上下の口を縛った形で表され、その中にものが入っていることを示す十字の形があります。その丸い田のような形が現在の字にも残りました。田んぼの形に見えたのは、田んぼではなく中に物が入った袋の形でした。

では、なぜ「種」という字の中に「重」が入ったのでしょうか?「重」が袋の形からできたことと関わっています。

禾(穀物)のたねは殼(袋)の中に入った小さな命です。「たね」は命がつまった袋のようなものです。その袋の中からやがて新しい命が出てきます。「重」が「種」の字の中に入ったのは、そこに(命のつまった)大切な袋が入っているからです。それで、合点しました。重が種の中に入った理由が。なかなか古代の人の考えは深いな~!

東・甲骨

東/甲骨3300年前

東・金文

東/金文3000年前

さて、物がつまった袋の形は、「動く」や「働く」という字の中にも入っています。こちらは重いものを力を出して「うごかす」といった使い方です。

他には意外な字にも入っています。それが、東西南北の「」です。古代文字(甲骨)を見ると、確かに上と下の口を縛った袋の形そのものです。ですが、「東」に袋の意味はありません。方角の「トウ」を表す言葉には具体的なものの形がないので、同じ「音」をもつ袋の形をした「トウ」の字を借りて漢字が作られました。(仮借(かしゃ)と呼ばれる用法です。)ですから「東」に袋の意味はありませんが、方角を表す「東」の字の中に昔の袋の痕跡が残りました。

「種」の中に「重」の字があるのはなぜかと思って調べて見たら、意外なところに連れていかれました。こういうことがあるから、普段使っている漢字でも、ちょっと調べてみると新しい世界に出合えることがあるので、成り立ちの探索は楽しいです。

私が買いに行ったジャガイモの種いもは、種そのものではありませんが、種芋から芽が出て、今年もおいしいジャガイモを生んでくれると思います。

」という字に込められた古代の人々の思いを感じながら、これからいろいろな野菜の種をまいて、新しい命が大きくなるまで大事に育てていきたいと思います。

放送日:2024年2月12日