踊・篆文  舞・金文

京都の春を彩る行事に祇園(ぎおん)甲部(こうぶ)歌舞(かぶ)練場(れんじょう)で行われる「都をどり」があります。四月一日から一ヶ月間行われる芸妓さんや舞妓さんたちのあでやかな「をどり」も、京都の春を楽しませてくれる年中行事のひとつです。今回は「都をどり」にちなんで「をどり」や「まひ(い)」にまつわる漢字をいくつか紹介したいと思います。

そもそも「をどり(をどる)」と「まひ(まふ)」の違いはなんでしょうか。

白川先生の古語辞典『字訓』によると『をどる』は「足に力をこめて飛びあがる。『まふ』は水平に旋回する意である」と書かれています。「をどる」は高くはねてジャンプするような動作、「まふ」はゆるやかに「“ま”わり」ながら踊る動作ということでした。

その「お(を)どる」と「まう(ふ)」という言葉に、昔の日本の人々は(よう)(やく)( 躍 )」と「()という漢字をあてました。

踊・篆文

踊/篆文2200年前

躍・篆文

躍/篆文2200年前

では、「おどる」を表す漢字の「踊・躍( 躍 )」の成り立ちは何でしょうか。二つの字はともに「足へん」です。足に関係する字であることが分かります。右側の(つくり)の部分、(よう)」は「力があふれでること」を、「(てき)」は「勢いよく羽ばたくこと」を表します。「甬」を旁に持つ字には「氵(さんずい)」をつけて水があふれだすことを表す「()く」という字もあります。「翟」は羽根を表す「羽」に「(ふるとり)(鳥)」を組み合わせて、羽をはばたかせて空に飛び立とうとする鳥の動作を表しています。ともに、力があふれるイメージで、足に力を込めて飛び跳ねる「おどる」姿に重なります。日本語の由来と漢字の由来がぴったりと合います。

無・甲骨

無/甲骨3300年前

舞・金文

舞/金文3000年前

さて、舞妓さんの「舞い」、「舞台」の「舞」はどういう字でしょうか。「舞」という字の古い形は三千年以上も前にさかのぼることができますが、現代の字とは違う字でした。

古代の文字は、「両手両足を広げ、両方の袖から長いひらひらの飾りを垂らして舞う人を正面から見た形」として描かれています。おそらく、神様に願い事をするために舞う若い巫女さんの舞姿と考えられます。それは「雨乞い」のお祭りを行う時の様子を表しているとも言われています。その古代文字が表す漢字は「無」という字でした。その「無」こそ「まう」という意味を持つ最初の字でした。ところが、「無」が有る無しの「なし」という意味に使われるようになって、もとの意味を表わさなくなってしまったので、無の「四つ点」の部分を「(せん)(両足を表す)」に替えて新しい字「舞」を作ったのでした。「舞」は神の前で舞う踊り=舞楽で、それこそ両袖の飾りをひるがえしながら、くるくると回る舞いだったのかもしれません。

古く中国では、神様にお願いごとをするときは神様を楽しませ、和ませるのが大事なことでした。そこで、「笑顔で舞い踊る若い巫女」が登場する漢字ができました。

笑・篆文

笑/篆文2200年前

夭・甲骨

夭/甲骨3300年前

妖・篆文

妖/篆文

「若い巫女さんが両手をあげて舞い踊って神様を楽しませよう」としている様子からできた漢字があります。「笑」です。今は「竹かんむり」の字ですが、もともと「竹」とは関係なく挙げた両手をかたどった字でした。「竹かんむり」の下の「夭」は「よう」と読み「体をくねらせて踊っている人」を表しています。ですから、「夭」に「女へん」をつけるとなまめかしく「妖しい」という字にもなります。

楽・金文

楽・樂/金文3000年前

楽・篆文

楽・樂/篆文2200年前

もう一つは「楽」という字です。現在の神社でも巫女さんが舞いを奉納するときに両手に鈴を持って舞うことが多いです。神様に願い事を聞き届けてもらう時とか、神様にお出まししてほしい時には鈴の音を使います。そこから出来た字が「楽しい」の「楽」です。現在の字は簡略化されていますが、旧字体は「樂」という字です。古い文字はさらにはっきりと「柄のある手鈴の形」で表されています。旧字体の「樂」でいうと、「木」が柄。「白」が鈴。その左右の「(よう)」は糸飾りです。舞楽をするとき左右に糸飾りのついた鈴を鳴らして神様を楽しませ、願い事を聞いてもらおうとしたのです。

今回は「踊り」や「舞い」に関する字を紹介しました。今もお祭りの日に神社で舞楽や神楽が行われますが、その一番のもとをたどれば、踊りや舞いの起源とつながっていたんですね。神社で行われる舞楽や神楽が「踊り」の系譜か「舞い」の系譜か、そんな目線で見てみると楽しみが増えるかもしれません。

放送日:2016年4月11日