石灯篭

長い連休中に多くの方々が国内・国外を問わず旅行に行かれたかと思いますが、旅の安全を願う言葉に「往来安全」があります。

今は、旅のお守り札に「往来安全」と書かれるぐらいかもしれませんが、昔は、街道筋に「往来安全」と刻んだ石碑が建ち、旅の安全を守っているという風景があちこちにあったかもしれません。そんなふうに思わせてくれたのは、「往来安全」と刻んだ「常夜灯(じょうやとう)(灯篭)」を見つけたからです。

場所は、京都の街中、三条通りを一筋(ひとすじ)南に下がった「六角通」と寺町通から二筋(ふたすじ)西へ行った「麩屋(ふや)(ちょう)通」の十字路(中京区六角通麸屋町角)です。東側に広がる老舗旅館『三木半』の塀沿いの南西角にわざわざ塀を切ってこの常夜灯が建っています。そこに刻まれている篆文(てんぶん)の古代文字が「往来安全」でした。

写真では「往来」の「往」が今の字と違うので読みにくいですが、下が「来安全」と読めれば何とか推測できます。「往・篆文」は「往」。「往路・復路」、「往復」という時の「往」です。

往

往/甲骨3300年前

往・篆文

往/篆文2200年前

」は、古くは出発の「出」と王様の「王」」とを組み合わせた「往(おう)」という字でした。一番古い甲骨文字を見ると、「往」は王の象徴である(まさかり)の上に足あとを乗せている形になっています。王の命令で家臣が旅に出るとき、鉞の上に足を乗せ旅の安全を祈願する儀式があったようです。鉞の力を体に受け、その威力を身に移して旅立てば、安全な旅ができると信じられていました。王の命を受けて出かける=行くということでした。後に、行くという意味を持つ「彳(てき)」と合わせて「往」と書き、「ゆく」という意味となりました。*「彳」は十字路の半分の形。十字路全体を表すのが「行」です。

復・金文

復/金文3000年前

「往復」の「」の左側は「往」と同じ「ぎょうにんべん」。右側の「復の右側復の右側2)」はふっくらと膨らんだ容器をひっくり返した形です。歩いて行ってひっくり返す、つまり「引き返してくる」ことを表します。だから、「復」は「かえる」という意味を持つようになりました。

来

来/金文3000年前

来・篆文

来/篆文2200年前

さて、「往来」の「」、「くる」という字です。この字は、穀物の形からできた字です。すっと立っている麦の全体像を横から見た形です。「来」はもともと「むぎ」を表していました。それがどうして「きたる、くる」などの意味で用いるようになったかというと、当時、「きたる、くる」を表す言葉が、「麦」とおなじ発音だったようです。「くる」ということを具体的なもので示せませんので、「麦」の音を借りて「くる」の字にあてた「仮借」という用法でできた字です。「麦」は今別の字がありますから「来」が「むぎ」の形をしている字だとは気づかれなくなりました。

安

安/甲骨3300年前

」という字は「うかんむり」と「女」との組み合わせです。嫁いできた新婦が、嫁ぎ先の祖先の霊を祭る建物(うかんむり)にお参りをして、新しく家族の一員になったことを報告している姿です。これによってはじめて嫁として受け入れられ、安心して暮らせることを示します。

全  全・篆文

全/篆文2200年前

」は腰に締める革のベルトに吊り下げられた丸い(ぎょく)の飾り物が完全に整っていることを表す字です。「すべてととのう」という意味があります。

 

ところで、この常夜灯(石灯篭)は人々の旅の安全を願って三木半旅館が作ったものと思っていたのですが、灯篭の裏側に「天正三亥年六月建之」と刻まれています。もしこれが本当なら「天正三」は1575年。織田信長の時代です。信長の時代にできた灯篭なら、450年近く人々の旅の安全をここで見続けてきたことになります。ものすごい灯篭ということです。

信長は京都の町に新しい道路を作り、その道筋に常夜灯を配置して、夜間でも安全に往来できるようにしたという歴史的な事実があるからです。

ですから、とても信ぴょう性があるように思いますが、それにしては文字面がきれいすぎないか。やはり偽物?いや・・・。私は、本物であってほしいので、信長の死後長い間土深く埋もれていて、偶然この旅館のご先祖様に見つけ出されたのかもしれない。風に当たらなかったので風化が進まず、文字はきれいなまま残った・・・などと。勝手に推測しています。

それにしても、京都のさりげない街角にとんでもない歴史の証人が今も佇んでいるとしたら、これほどワクワクすることはありません。

是非、京都に来られた際には、中京区六角通麩屋町通にある「三木半旅館」の西南角の塀にすらっと背の高い(2メートル近くある)この常夜灯が佇んでいるのをぜひ見に行ってください。最寄駅は、三条京阪駅 地下鉄東西線「市役所前」です。

もちろん、裏に回って、「天正」の文字の確認も忘れないでください。

放送日:2019年5月13日