師・甲骨
(師 甲骨3300年前)

今回のテーマは、師走の「師」。しかし、「師走」に走る「師」は誰かというテーマではありません。「師」という字の成り立ちは何か、探ってみようということです。

古代文字を眺めると、現在の「師」はかろうじて昔の古代文字の面影を残しているように見えますが、それでももう何を表す字かわからなくなってしまいました。白川先生はこの字の左側( 師・左 )は「肉」、右側( 師・右 )は「血止めのついた刀」=肉を切り分ける刀を表していると言っておられます。

3300年前に漢字を生み出した商((いん))の国では、軍隊が出征するとき、祖先の霊が祭られている(びょう)や軍社に「肉」を供えて戦勝を祈願する祭りが行われていました。そのとき供えられた祭りの肉(脤肉(しんにく)という)は軍隊が出発する時一緒に持っていきました。神様にささげられた肉は、自分たちの軍隊を守ってくれる力を持つ「守護神」とされたからです。

それで、軍隊がいくつかの小さな部隊に分かれて行動する場合でも、それぞれの部隊に肉を切り分けて持たせました。守護神である「肉」を切り分けることができるのは、軍の中の特別な人、「長老」の役割でした。それでその長老のことを「師」と呼びました。「師」である長老は、引退すると若手育成のための指導者となったので、「先生」の意味でも使われるようになりました。

「師」が軍隊との関わりの中で生まれた字なので、今でも軍隊のことを「○○師団」という言い方があります。(中国の古い時代には、「師」と呼ばれる軍隊、「旅」という軍隊がありました。「旅」が五つ集まって「師」が作られ、「師」が五つ集まって「軍」を構成しました。「旅」は五百名の規模です)。

軍隊が逃げる敵を追っかけて攻撃することを「追撃する」といいます。その「追っかける」の「追」の中にも「脤肉(しんにく)」が入っています。敵を追っかける時も守護神に守られているのです。

追・金文  (追 金文3000年前)

自分たちの守護神である「脤肉(しんにく)」は、軍隊が派遣されている間はいつも大切に扱われました。(実は「(つか)わされる」という字の「」にも「脤肉(しんにく)」が入っています。)

軍隊が駐屯するところには必ず「脤肉(しんにく)」を祀る場所が用意されました。それが、建物の屋根を表す「うかんむり」に「脤肉(しんにく)」を合わせてできた「官」という字です。「官」は最初守護神である肉を祀る建物を表しました。が、やがてその肉を管理する人、「軍官」をも意味する字となり、官吏のように「役人」の意味で使われるようになる字です。

官・甲骨 (官 甲骨33000年前)

「官」が人を表す意味で使われるようになったので、新たにその建物を表す字を作りました。その建物が軍長・大将などが食事をする生活の場でもあったので「食へん」をつけて「館」という字を作ったのです。

館・篆文 (館 篆文2200年前)

さて、長い期間軍団を率いて出征した軍隊が(いくさ)に勝って戻ってきます。

戻ってくると最初に行なうのが祖先の霊である(びょう)、軍社に「守護神」としてたずさえた「脤肉(しんにく)」を持って報告に出かけることです。それが、「帰る」の「帰」という字になりました。今私たちが使っている「帰る」という字には「脤肉(しんにく)」は入っていませんが、一昔前に使っていた字にはちゃんと入っていました。帰という字です。祖先の霊廟(れいびょう)を掃き清め、たずさえた肉を供えて、無事の帰還を報告したのでした。

帰・金文(歸・帰 金文3000年前)

放送日:2015年12月14日