この間身体のパーツからできた漢字「手」や「目」を取り上げてきました。今回は「鼻」を取り上げます。顔の真ん中にある「鼻」が漢字の成り立ちにかかわらないはずはありません。どのような漢字の中に「鼻」は入っているのか、探ってみようと思います。
ところで、現在の「鼻」という字は「自」+「田」+「廾」からできていますが、漢字の一番もとの「はな」はもう少しシンプルな形でした。三千年以上前の中国の人たちは、「はな」の形から漢字を生み出しました。でも、現在は違った意味に使われる字となってしまったので、その字が「鼻の形」からできた漢字だとは気づかれなくなってしまいました。
鼻/甲骨3300年前 |
鼻/金文3000年前 |
鼻/篆文2200念前 |
古代文字で示すと、上記のような形をしています。鼻を顔の正面から見た形です。甲骨では鼻の両方の孔が描かれているように見えます。鼻の中にある横線は「入れ墨」のあとかもしれないという人もいます。ともあれ、古代文字を見れば、「自分」という時の「自」にそっくりです。「自」は最初「鼻」を表す字として生まれました。けれども、「自」が次第に指で鼻を指して「おのれ、みずから」を表す意味で用いられるようになったため、「はな」を表す現在の「鼻」という字を新たに作ることになったのです。
たしかに、今の「鼻」の字にも「自」は残っています。それにしても、現代の私たちでも、指で鼻をさして「じぶん、おのれ」を表すことがあるように、三千年も前の中国の人々も指で自分の鼻を指して「じぶん」を表していたなんて、この動作は三千年来の由緒を持っていたのですね。
ということで、「自」が鼻の意味で使われる時期は意外に短いのですが、今でも漢字の中に「鼻」の意味を持つ「自」として用いられている字があります。その字を紹介します。
息/篆文2200年前 |
一つは、「息」です。空気を吸ったり吐いたりする器官の代表を昔の人は「鼻」と考えたのでした。ですから「息」には「自」が入っています。「自」の下に「心」を加えて、心の状態が「いき、呼吸」に表れることをいいます。そこから「鼻息が荒い」などという言葉も生まれてきます。(「息」はのちに「いき、呼吸」の意味だけでなく、「生息(いきること)」「利息(お金がふえること)」「休息(体を休めること)」「終息(おわること)」等の意味で用いられ、意味のバリエーションを広げることになります)。
臭/甲骨3300年前 |
嗅/篆文2200年前 |
※嗅の正字は。嗅は略字
二つ目は、「臭う」とか「臭い」という時の「臭」です。「におい」や「くささ」は鼻で感じます。ですから「自」が入っています。では、「自」の下の「大」は何でしょうか。「大きな鼻」ではありません。実はこの字は旧字体では「大」の右上に「、」がついた字、「犬」という字だったのです。犬の臭いを嗅ぎ分ける能力は人間の百万倍~一億倍とも言われています。臭いをかいだり、嗅ぎ分けたりする代表選手は「犬」だったので、犬の鼻を「」としたのでした。
ところで、においを感じる感覚を「嗅覚」と言いますが、「口へん」に「臭」と書く字です。が、その字の「臭」には「、」があります。同じ字なのに片一方は「、」を取ってしまい、もう一方はそのまま使う、この統一性のなさを引き起こした戦後の漢字改革を白川先生は苦々しく思っておられました。
鼻/篆文2200年前 |
さて、現在の「鼻」という字の「自」の下の「田」と「廾」は何を表しているのでしょうか。「田」と「廾」は、実は一つの字で古くは「畀」と書きました。「畀」は鼻息の音を表す「擬音語」です。「自」に鼻息の音を表す「畀」の字を加えて新たに「鼻」という字を作ったというわけです。「鼾」は「鼻」の古い字体が入った字です。「いびき」と読みます。
「鼻」の意味を持つ「自」は早く意味を変えてしまったので、漢字に入っている例は普段使う字の中では、そんなに多くありません。今回取り上げた「鼻」「息」「臭」「嗅」程度です。数は少ないですが、「自」が「鼻の形」からできた漢字であることを是非覚えておいてください。
放送日:2016年7月11日
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