歯・甲骨(歯/甲骨3300年前)

6月4日は「虫歯予防デー・虫の日」でした。一日遅れですが、歯と虫という字について取り上げます。(この回の放送は6月5日でした)

最初は「」です。現在の「歯」という字は「中止」の「止」と、歯の形を表す「歯・パーツ」との組み合わせですが、もともと冒頭の古代文字のように口の中に歯が並んでいる形だけで「歯」を表す字でした。後に「シ」という音を表す「止」が加わり、現在の形になった字です。(甲骨の文字は口の中に歯が上下二本ずつしかなく歯抜けのように見えますが、当時は同じ形の物が二つあれば、数えられるほど多いという意味で使われていたので、歯がそろっていることを示します。)
動物の歯は、歯によって年齢を知ることができることから「年齢」と使う(よわい)という字の中に「歯」の字が使われています。

そんな歯が不養生で痛みだすことがあります。虫歯です。昔も今も「歯痛」はつらいですが、はるか昔、古代中国の人々も現代人と同じように「虫歯」に悩まされたらしく、3000年以上前の漢字の中に「虫歯」を表す字があります。

齲・甲骨

(むしば)/甲骨3300年前)*今でも虫歯のことを歯医者さんは齲歯うしといいます。

その字を見ると、上の歯から虫らしきものが()い出している形になっています。古代中国の人々も歯の痛みは「虫」の仕業と考えていたようです。では、この歯痛をもたらす悪い「虫」はどこからやってくるのか。科学的に考えることのなかった古代の人々は、この悪い虫の正体は亡くなったご先祖様の誰かの(たた)だと考えました。生きた人を歯痛にして苦しめるのは、亡くなったご先祖様のどなたかが祟っているからだと考えたのです。ですから、歯痛をもたらしたご先祖様を大事にお(まつ)りしてやれば、祟りをやめてもらえる=歯痛は治ると考えていたようです。

3000年以上前の中国の人々が虫歯の正体は「」だと考えたように、日本でも「虫」はいろいろなものをもたらすものとして比喩的に用いられています。

何か嫌な予感がすることを「虫の知らせ」とか「虫が知らせる」と言います。なんとなく気にくわないことを「虫が好かぬ」。もっといやだと「虫唾が走る」。機嫌が悪いことを「虫の居所が悪い」。自分の都合しか考えないのを「虫がいい」等といいます。腹の中にも虫がいます。「腹の虫がおさまらない」、「腹の虫がなる」。

生き物の「虫」には申し訳ないですが、虫が比喩的に使われるときは良いイメージで使われることの少ない字だという気がします。3000年前の虫歯の字以来、「悪さをするもの」というイメージが引き継がれてきているのかもしれません。

虫・甲骨

虫/甲骨3300年前

虫・金文

虫/金文3000年前

虫・篆文

虫/篆文2200年前

蟲・篆文

蟲/篆文2200年

そもそも「虫」という字は二つの系統から生まれた字で、一つはヘビなどの爬虫類の頭の形から生まれた字です。もう一つは虫という字を三つ重ねて書く「蟲」という字が始まりの字。昆虫のように密集する「小さな虫」を表す形から生まれた字です。虫歯の中にいる虫や腹の中にいる虫は目に見えない「小さな虫」をイメージさせるものですが、蛇や(まむし)などに使われている虫は鎌首を持ち上げたヘビの頭の形をイメージさせます。

強・篆文

強/篆文2200年前

風・篆文

風/篆文2200年前

虹・篆文

虹/篆文2200年前

例えば、「強い」という字の中に虫がいます。この虫は「弓」の弦と関係があります。この虫は、釣糸のような強い糸を作る「虫」=天蚕(テグスガ)のことです。そのテグスガで作った弦は他の物で作った弦より強靭であったことから「つよい」の意味を持つようになりました。沢山のカイコの集まりをイメージする「虫」です。

それに対して、「」という字の中にある「虫」は「蛇」の系統です。古く、空には風を起こす生き物がいると考える人々がいました。蛇を巨大にしたその生き物を「」と呼びました。龍が空で風を起こす、ゆえに「虫」の字が入りました。その龍が時々黄河に水を飲みに来ます。その姿から「」という字も生まれました。(*(いん)の人々は、風は鳥(鳳)の羽ばたきと考えましたが、殷を滅ぼした周の国の人々は風は龍が起こすと考えました。)

歯の話から虫へと話題が移りました。生き物の大半の虫は悪くありませんが、中に悪い虫がいてよからぬことをする、その一つの例が「歯痛」をもたらす虫でした。蝮のように毒を持って人間に害を与える蛇(虫)がいるために「虫」のイメージを悪くしていることも一因かもしれません。以上、今回は、一日遅れで「虫」を考える日となりました。

放送日:2017年6月5日