今年の干支は「戊戌(つちのえいぬ)」です。十二支でいえば「戌年」です。「戌」は「いぬ」と読んでいますが、もともと「犬」とは関係のない字です。
「十干十二支」は、「十干」と「十二支」を組み合わせた60を周期とする数詞です。古代中国では三千年以上前から暦や時刻、方角などに用いられてきました。その「十二支」に動物の名前が当てられたのは、後のことでした。ですから、もともとあった「十二支」の漢字の成り立ちとは関係なく暦の上で用いられてきました。
戌/甲骨3300年前 |
成/金文3000年前 |
ということで、「戌」の成り立ちは、犬とは関係のない「鉞」の形からできた字です。完成というときの「成」と近い字です。「成」は「鉞・戈」が出来上がった時に飾りをつけて祓い清めることを示す字です。「成就する、なる、なす」の意味で用いられます。
このように暦の「戌」は動物の犬とはずいぶん違う成り立ちです。では、動物の「犬」の字の成り立ちはどうでしょうか。
犬/甲骨3300年前 |
犬/篆文2200年前 |
「犬」という漢字も犬の姿を模した象形の字です。現在の字はずいぶん変化して「大」に「、」を打った形になっています。「、」は、甲骨文字では顔の部分の斜めの線で表されている犬の耳の名残です。
さて、犬は古代中国の人々にとっても身近な動物でしたが、鋭い嗅覚を持っていることから重要な役割を担う動物でもありました。
臭・/甲骨3300年前 |
犬が鋭敏な鼻を持つことから生まれた字があります。それが、「臭」という字です。今の字は鼻を表す「自」の下に「大(人が手を広げた形)」ですが、甲骨では「大」ではなく「犬」の形です。犬は鼻が利くことから鼻の下に犬をおいて「くさい・におい」という意味を持つ字を作ったのです。
しかし、現在の字は「、(耳)」が取れて「大」の字になったため、成り立ちがわからなくなっています。旧字体()にはちゃんと「、」がありました。現に、嗅覚の「嗅」という字は、口へんに臭と書く字ですが、ちゃんと犬の「、」が残っています。こういう不整合が戦後の漢字改革で起こっています。とくに「犬」を「大」と変えて字の成り立ちを分からなくさせた例が目立ちます。
犬が臭いに敏感なことから、古代の人々は犬には「魔をよける力」があると信じていました。そこで、家の玄関(戸口)の下とか、煙突のある竈の下とか王様のお墓の中とかに「犬」を埋めました。犬が目に見えない悪者=魔物の侵入を防いで生きている自分たちや死んだ人たちを守ってくれると信じていたからです。犬好きな方には申し訳ないですが、はるか三千年以上前の習慣だと思って聞いてください。そのことからいろいろな漢字ができました。
戻/篆文2200年前 |
突/篆文2200年前 |
伏/金文3000年前 |
玄関(戸口)に犬を埋めて悪いものを追い払いました。それが、戻るという時の「戻」です。「戸」の下に「大」と書きますが、本来は大ではなく犬でした。悪いものは犬のおかげで玄関を入れず戻るのです。(旧字体:)
煙穴のある竈もそこから悪いものが忍び込む恐れのある所でした。そこで、そこにも犬を埋めました。その字が「煙突」の「突」。「あなかんむり」の下に「犬」。この字も今は「大」になってしまいました。(旧字体:)
三千年以上前の王様のお墓の中から鎧を着た武人と犬が一緒に埋められているのが発見された例があります。鼻のいい犬が王墓に侵入した悪いものをいち早くキャッチし、武人が刀でやっつける、そのためにひそかに隠れているのです。それが、伏せるという字の「伏」です。「にんべん」に「犬」と書きます。伏せて悪いものがやってくるのをこっそり見張っていることからできた字です。
「戌年」の「いぬ」は意外な古代の犬の役割を教えてくれるのです。
放送日:2018年1月8日
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