暑・篆文

京都の夏はいつも暑いですが、今年の暑さは飛び切りです。38度を超す暑さがこんなに長く続くのは、私も経験したことがありません。あまりに暑いので「あつい」という言葉しか浮かびません。そこで、今日は「あつい」に関わる字を取り上げてみます。

すぐに浮かぶのは「」と「」です。

「熱」は温度一般が高い場合や感情が高ぶる場合に使います。「おでこが熱い」とか「胸に熱いものがこみ上げる」のようにです。それに対して、「暑」は気温や室温が高い場合に使います。また、気温や室温がとても高い場合は不快に感じることが多いので、「彼は暑苦しい男だ」のように気温や室温でなくても使う場合があります。

熱・篆文

熱/篆文2200年前

甲骨・芸

藝/甲骨3300年前

漢字の成り立ちから言うと、「熱」は苗木を育てるのに適度な熱(温度)が必要なことから生まれた字です。火を表す「灬(よつてん)」の上の「(げい)」には苗木を「うえる」という意味があります。「芸術」の「芸」の旧字体は「藝」で、もともと「苗木を植えること」表す字でした。苗木を植えて一人前に育てるには、適度な熱と長い時間が必要でした。それは「藝」を身につけることと同じであり、「げい、げいごと」の意味を持つようになりました。藝は「園藝」という使い方がもともとの意味に近いです)

暑・篆文

暑/篆文2200年前

さて、「暑」です。「暑」は「お日様の日」と「者」との組み合わせ。「者」に「ショ」という音があるので、この場合は「音」を表すためのみに使われていると考えている人もいます。つまり意味のあるのはお日様の「日」の部分だけ。「日」で日照りがきついことを表すということです。しかし、白川先生は少し違う説を唱えておられます。

「者」が音だけで使われているのなら、なぜ、「煮る」ということを表す(しゃ)」に「者」があるのだろうか。「煮る」も「ぐつぐつ煮る」という言い方からして熱いです。

そこで、「者」の成り立ちを考えます。漢字が生まれた時代から中国の街は、四方を取り囲んだ城壁に守られていました。たいてい、土を踏み固めて高い堤防のように築きました。(京都の街を取り囲んでいた「お土居」と一緒です。)その土の中に、木の枝にくくりつけた魔除けの札を入れた器をおさめ、悪いものが城壁を潜り抜けて入って来ないようにしました。その土の中に埋めた魔除けの札を入れた器を表す字が「者」でした。「者」には、上側に土があり、斜めの線が木の枝であり、下に札を入れた器=日がある形です。ですから、悪いものの侵入を遮る役割はしますが、煮るという字に使われるいわれはないのです。

ですから、白川先生は「者」と同じ音を持つ別の字と入れ替わったのではないかと推理しました。その入れ替わった別の字というのが「庶民」という時に使う「」と考えたのです。

庶・金文

庶/金文3000年前

庶・篆文

庶/篆文2200年前

「庶」の成り立ちは「广(げん)」と「廿(にじゅう)」と「灬(よつてん)」とからなる字です。「广」は屋根。「廿」は煮炊きするときに用いる器(鍋)。「灬」は「火」を表します。この字はもともと台所の鍋で物を煮ている様子を表した字でした。「庶」は、成り立ちから言うと「にる」という意味を表す字でした。しかし、現在、「庶」に煮るという意味はありません。その本来の意味は、似た音を持つ「者」という字と入れ替わって、「煮」の中に入ったのです。

ですから「暑い」という時の「暑」の字の中には「煮ものをする時のようなあつさ」という意味が込められているのです。どうりで、「暑」が「あつい」わけです。

ところで、「」は何を煮炊きしていたのでしょうか、おそらく「おでん」のようにいろいろなものをごった煮にするように煮ていたと考えられています。だから、「いろいろ、多い」という意味を持つようになり「庶務(いろいろな仕事)」や「庶民(一般の人々)」というように使われるようになりました。

そう考えると、諸国(いろんな国)という時の「」は「ごんべん」に「者」。本来は「いろいろ、多い」の意味を持つ「庶」という字が使われていても不思議ではありません。

また、「ものをさえぎる」という時の「(さえぎ)る」、「」という字です。「しんにゅう」と「庶」との組み合わせ。本来「者」が悪いものをよせつけないように=遮るために土の中に埋められた器でした。これも「者」と「庶」が入れ替わって使われた証拠となる字です。

毎日毎日「暑い暑い」と使っていますが、本来の意味を考えれば、「まるで煮ものをする時のように暑い、暑い」と私たちは言っているんですね。

放送日:2018年7月23日