欠・甲骨(欠/甲骨3300年前)

人の全身形から生まれた古代文字はいろいろありますが、このような字も、なかなか印象的です。

この字は「大きく口を開けてひざまずいている人を横から見た形」を示しています。現在の字で言うと「」です。確かに、「欠」という漢字には「人」の姿が入っています。しかし、「欠席」の「欠」という字の使い方がすぐに浮かぶので、大きく口を開けている姿と結びつきません。

実は、「欠」には二つの系統があります。ひとつは「欠席」の欠として用いられる「欠ける」という意味での使い方です。今は「欠」と書きますが、旧字体では「缺・缼」と書いた字で、もともと「欠」とは違う字でした。(缶は器。その器が一部壊れていることを表すのが「缺・缼」。)

それに対して、「大きな口を開けている人の姿」を表す字は、「欠伸(あくび)」という字に用いられている「欠」です。こちらの「欠」は「けつ」と区別して「けん」と読みます。口を開けて「息を吹きかける」とか「大きく口を開ける」という意味があります。この「(けん)」は単独で用いられるより、いろいろな漢字の中に入っています。

吹・金文

吹/金文3000年前

吹・篆文

吹/篆文2200年前

例えば、「口」と「欠」との組み合わせ、「」。古代文字は願いごとを入れた器「 口・篆文(さい)」に息を吹きかける様子を表しています。白川先生は「息を吹きかけ、祈りの効果をなくすまじない」の意味があったかもしれないとおっしゃっています。現代では、「吹奏楽」のように、楽器を「吹く」という意味で用いられます。

こんな字もあります。

炊・篆文

炊/篆文2200年前

ご飯を「炊く」という時の「」です。「火」+「(けん)」です。火をおこすために息を吹きかけている姿を表した字です。

「大きく口を開ける」という意味で用いる「欠」の代表的な例が「歌」です。

歌・篆文

歌/篆文2200年前

可・甲骨

可/甲骨3300年前

」は「 歌パーツ」と大きな口をあける「欠」との組み合わせ。「可」は曲がった枝で、願い事を入れた器「 口・篆文(さい)」をたたく形。願い事を入れた器をたたいて、願い事が実現することをせまる形が「可」。ひとつではまだ願いをかなえてもらえないときには、可を二段に積み上げてさらに強く訴え、尚かつリズムをつけて歌うように大きな口を開けて訴えかける、その声の調子を「歌」といい、「うたう、うた」の意味で用いるようになります。日本語の「うた」は「(願い事の実現を)うったえる」ことから来ています。

次・金文

次/金文3000年前

大きな口を開いて嘆いている字もあります。「次回」の「」という字です。今は「なげく」という意味で用いられることはありませんが、成り立ちから言うと「ため息をついて嘆いている」姿を表しています。左側の「にすい」は、口から出たため息を表しています。また、「大きな口を開いて一息ついている」姿を表すという説もあります。ほっと一息ついて休憩している姿を表すというわけです。

(けん)」が大きな口を開くことから、さらに意味が広がって、強い感情を表す意味を持つ字にも用いられるようになります。喜びを表現する「歓迎」の「」。北大路欣也の「」。歓びだけじゃなく、「く(嘆く)」場合にも用います。物を欲する強い感情の時には「」という字で表し、相手をだまそうとする感情が強い時は、詐欺の「」、「(あざむ)く」という字の中にも入っています。

大きく口を開ける「(けん)」という字から、「息を吹きかける」字、「大きな声を出す」字、強い感情を表す字等など、本当に様々に広がっていることに驚きます。

身の回りを見渡すとまだまだあるかもしれません。是非探してみてください。

放送日:2019年8月26日