石・金文

桜が咲いても、春風が吹いても、先が見えない状況が続いています。というより、事態はますます、深刻になってきています。気の滅入る話題ばかりですが、「今が大事」と言い聞かせながら、辛抱しなければならないひと月になりそうです。

科学がこんなに発達してきた現代にあっても、制御できない見えない敵に社会が振り回されています。ですから、3000年以上も前の中国古代の人々にとっては、人間の力ではどうすることもできない災いに向き合った時、どれほど恐怖におののいたか、現代の比ではなかったかもしれません。

申・甲骨

申/甲骨3300年前

神・金文

神/金文3000年前

当時の人々は、この世界には、人間の力を超えたものがおり、それが牙をむくと「災い」を起こし、機嫌がよいと豊かな「実り」をもたらすと考えていました。その「人間の力」を超えた存在を「かみ」と呼んだのでした。現在の「」という字は、「示すへん」に「申」ですが、一番古い形は「」だけの字でした。

3300年前の「申」は、稲光が屈折する形からできた字です。天空で光り、恐ろしい音をたてる「雷」こそ、この世の中を支配する生きものが、その力を見せつけている姿でした。その生き物を「竜」と呼び、「神の化身」と考えました。

雲・甲骨

雲/甲骨3300年前

雲・篆文

雲/篆文2200年前

竜は、普段、雲の中に住んでいました。「」という字の古い文字は、竜のしっぽが雲からはみ出している形からできた字です。電気の「電」という字にも、竜の尻尾が残っています。

中国古代の人々は、人間ではどうすることもできないことが起こった時、大切な願い事を実現してほしい時、神の意向を聞きました。ですから、漢字が生まれた時代に、神にまつわる漢字がたくさんできました。

口・篆文

口/篆文2200年前

その代表は、いつも紹介する、「願い事を入れた器 口・篆文 =口(さい)」が入った字です。

右・金文

右/金文3000年前

名・金文

名/金文3000年前

右の手に願い事を入れた器  口・篆文=口(さい)をもって神様が近くにやってきてくれることを求める字が「」です。左手には「工」という道具を持ち、両方の手を動かして神を招く字が、「尋」。尋ねるという字です。神はどこか尋ね、呼び寄せるのです。「尋」の字を分解すると、左と右という字になります。

生まれた子どもが健康で健やかに育つことを祈る願い事を  口・篆文(さい)に入れ、夕(お肉)を供えて、名付けた名前を神様に報告するのが「名前」の「」という儀式でした。

石・金文

石/金文3000年前

兄・甲骨1

兄/甲骨3300年前

神様が寄りつく大きな石の前に祠を作って神に祈ることが「石」や「岩」という字になりました。家族の安らかなことを、ひざまずいて神に祈る姿が「兄」でした。

その他にも、吉、古、和、言、等など小学校で習う漢字だけでも60以上の字に願い事を入れた器  口・篆文=口(さい)の入った字があります。それだけ、人間にはどうすることもできないことが起こった時、是が非でも聞き届けてほしい願い事が起こった時、この世を支配する「神」にすがるしかなかったのかもしれません。

見えない敵と戦っている私たちも、3300年前に生きた人々と同じように、神に託して過ぎ去るのを待つしかないと思うと悔しいですが、そうしてでも抜け出せるものなら、早く抜け出したいと思う毎日です。

皆さん!今は、動かない石の硬さが必要です。Stay at home。  口・篆文(さい)に願いを込めて待ちましょう!

放送日:2020年4月13日