竈社ヴログ3

立春が過ぎ、吹く風もどことなく柔らかくなった気がする京都です。京都北野の天神さんの梅も日増しに花数を増やし、甘い香りを届けてくれています。

「北野の天神さん」、北野天満宮は学問の神様菅原道真を祀った全国の天満宮の「総本社」ですが、その天神さんの本殿の北東の隅に「竈社(かまどしゃ)」という小さな社があります。「(かまど)」ですから火(台所)の神さまが(まつ)ってあります。昔から、近隣の人々の信仰を集め大切にされてきました。珍しいことに、社殿の床下には、この神社で使われた大きな古釜が、シンボルとして置かれています。(桟のすきま間からかすかに見ることができます。)

この社には、三つの鳥居があり、その中の二つは古い石の鳥居です。一番手前の鳥居には古代文字で書かれた「竈社」と書かれた扁額(へんがく)が掲げられ、奥の鳥居との間には梅の古木が参詣者の頭をかすめるように枝を這わせています。一説によると一番奥の鳥居はあの明智光秀が寄進したものだといわれており、かすかに「明智氏」という名前も見られます。北野天満宮に行かれた折には、是非本殿の北東(鬼門)の方角にある「竈社」に参詣し、古色然とした古代文字の額を見ていただきたいです。

竈社ブログ4

実は、京都の古代文字を探し始めたのは、この「竈社」の古代文字を発見したことがきっかけでした。北野天満宮にはそれまで何度も行っていましたが、この社には気づいていませんでした。古代文字のこの扁額が目に留まったことで、北野天満宮にもまた違った魅力があることに気づきました。京都は古い街ですから、いろんなところに古代文字があり、その古代文字を訪ねることで、違った景色の京都を案内できるのではないかと思いました。こんな思いを抱かせてくれた私にとっては忘れられない場所です。

竈・金文

竈/金文3000年前

竈・篆文

竈/篆文2200年前

さて、「竈」という字は難しい字です。でも、最近は「鬼滅の刃」の主人公=竈門炭治郎のおかげで、憂鬱の「鬱」が書けるのと同じくらい「竈」という字が書けることが自慢になっているようです。

」は「 (穴かんむり)」の下に「土」を書き、その下に「「黽(びん)」と書きます。「穴かんむり」は竈の上部の空気抜きの穴(焚口)「土」は竈の材質。(古代文字にはありません。)「黽」は、実は何を表わすのかよくわかっていません。3000年前(金文)の字は、煙を吐き出す炎のようにも、足のある虫のようにも見えます。古代文字は奇妙な形です。

奇妙な形からなる竈ですが、生活を支える火を扱っている場所だけに、古くから信仰の対象ともなりました。古代の中国では、竈から出た煙は煙突を伝わり、天の神様にその家の人々の暮らしぶりを報告する力があると考えられていました。年の暮れには一年の功罪を神様に報告する「功過格」という査定が行われ、点数が付けられたということです。

煙・篆文

煙 /篆文2200年前

突・篆文

突・宊/古文 約25000年前

竈から立ち上る煙でどんな生活ぶりか査定されるのでは、古代の人々はよほど心して生活しなければならなかったかもしれませんが、生活の中では、竈と煙突はきってもきれない間柄です。煙突の「」は「火へん」と「 いん(いん)」との組み合わせ。「 いん」の「 いん2」は煙抜きの窓から外に「けむり」が流れ出る形。「土」は竈の材質の土です。竈で火を燃やすと立ち上るけむりが「煙」ということです。

」は現在の字形では「穴かんむり」に「大」と書きますが、旧字体では「突・旧字体 」と書きました。「穴かんむり」に「犬」です。「穴かんむり」は竈の穴(焚口)です。「犬」は竈に供えた犠牲(いけにえ)の犬を表わします。竈の神は火の神です。犬を捧げて神を祀る大事な場所であることを示しています。少し残酷なようにも見えますが、邪悪なものを祓い、清めるために犬を使うことはその当時の人々には、大切な場所を守るために必要なことでした。(鼻の利く犬は、邪悪なものをいち早くキャッチし追い払う神聖な動物だと考えられていました。)

器・金文

器/金文3000年前

ちなみに、という字も、願い事を入れた器(口= 口・篆文 さい)の中に「大」という字がありますが、この「大」も古い字(金文)を見ると犬なのです。神へのお供え物を入れた「うつわ」は、犬(の血)で清めて用いられていたことを示しています。

今回は、北野天満宮の「竈社」から、竈、煙、突の字を紹介させてもらいました。

竈は私たちの家庭からは消えましたが、もし竈があったら、今の日本からどんな煙が立ち上り、天の神さまに届けられているのか、考えると気が重くなりました。

放送日:2021年2月8日