投果(投果)

今日はバレンタインデーです。(2月14日放送)女性から男性に贈り物をするという行事は、現代的なことと思われるかもしれませんが、はるか昔の中国にも女性から好きな男性に贈り物をするという風習がありました。

今から2600年ほど前に作られた『詩経』という中国最古の詩集に、そんな風習があったことが記されています。それが「投果の俗」です。「投果の俗」とは、木の実(果実)を好きな男の人に投げて、自分の思いを伝える風習です。

その風習を伝える「木瓜(ぼくか)」という詩があります。『詩経』を訳した白川先生の本から引用すると次のような詩です。(この詩は木の実を投げられた男の側から詠んだ詩です。)

「木瓜」    *「木瓜」は、「ぼけの実」を指します。

我に投ずるに木瓜を以てす
これに報ずるに瓊琚(けいきょ)を以てす
報ずるにあらざるなり
永く以て(よしみ)を爲さむとてなり

我に投ずるに木桃(もくとう)を以てす
これに報ずるに瓊瑶(けいよう)を以てす
報ずるにあらざるなり
永く以て(よしみ)を爲さむとてなり

我に投ずるに木李(ぼくり)を以てす
これに報ずるに瓊玖(けいきゅう)を以てす
報ずるにあらざるなり
永く以て(よしみ)を爲さむとてなり
わたしに木瓜(ぼけ)を投げてきた
それに佩玉(おびだま)を投げ返す
お礼というではありませぬ
いつまでも仲良くしたいから

わたしに木桃(もも)を投げてきた
それに佩玉(おびだま)を投げ返す
お礼というではありませぬ
いつまでも仲良くしたいから

わたしに木李(すもも)を投げてきた
それに佩玉(おびだま)を投げ返す
お礼というではありませぬ
いつまでも仲良くしたいから

『詩経国風』衛風より(白川静著 東洋文庫 平凡社)

この詩は男の人の立場から書かれた詩ですが、女性が投げてきた木の実(果実)に対して、男の人は腰に吊るしている玉(宝石)を「お返し」として投げ返しました。好意がある(受け入れたという)印です。

女性が投げた木の実は、木瓜(ぼけ)の実、桃の実、(すもも)の実、その他にも「摽有梅(ひょうゆうばい)」というタイトルの詩では、梅を投げることが書かれています。木の実は様々です。

古代中国では、木の実(果実)は「生命力」を高めてくれる力があると信じられていました。女性は、その生命力を高める力を持つ木の実(果実)を投げることで、相手に思いを届けたいのです。男性は、その思いに応えるように、これまた生命力を高める力をもつ腰に吊るした佩玉(おびだま)を投げ返すのです。「お礼のつもりで佩玉(おびだま)を投げ返すのではないですよ。ただ、ただ、あなたといつまでもカップルでいたいという思いからです」と。

これが、今から二千数百年前の古代中国で行なわれていた「投果の俗」を描いた詩ですが、この風習は、その後も長く行われていたようです。

この詩から八百年後の「西晋」(西暦3世紀)の国に生きた「潘岳(はんがく)」という青年は、優れた容姿の持ち主(美男子)で、彼が馬車に乗って町中を走らせると、「女たちは争ってかれの車に果物を投げこんで、車中はたちまち果物でいっぱいになったという。」と、白川先生は『中国古代の民俗』(講談社学術文庫)という本の中で紹介されています。いやはやすごい話です。現代でいえば、フィギアスケートの演技後に投げ込まれる花束やぬいぐるみのようです。

二千数百年も前から古代中国で行われた風習が、時と所を変えて少しずつ変化しながら、現代の「バレンタインデー」につながっていると考えたら面白いですね。

それにしても、はるか昔の女性たちは、どんな状態の木の実をどのように投げたのでしょうか? 1対1なら、硬い木の実でも、相手が受け取れるように上手に投げたでしょうが、「潘岳(はんがく)」のようなモテ男に投げられたたくさんの果実が、青い実ばかりなら当てられてさぞかし痛かったのではないだろうかなどと余計な心配をしてしまいます。モテ男もつらいということでしょうか。

果物を「投げる」風習は、現代では「チョコレート」に取って代わられましたが、それでも、形を変えて現在も続いているようです。例えば、病気見舞いに果物を持って出かける、お中元、お歳暮などに「果物」を贈る習慣は、今もあります。さすがに果物を投げたりはしませんが、果物を贈り合うことは、意外に歴史的な風習を今に受け継いでいるのかもしれません。

放送日:2022年2月14日