揚・金文2

今回のラジオテーマ「揚げ物」に便乗します。「揚げ物」の「あげ(る)」という字は「扌」と「(よう)」とを組み合わせた「揚」を用いますが、「あげる」という字には他に「上げる」・「挙げる」等があります。

「何々をあげる」と言った時に、どの漢字を用いるのか迷うことがあります。例えば、「手をあげる」と言った時、「上」か「挙」か。・・・どれだろう?もちろん、今日のテーマ「揚げ物」という場合は、「揚」の字しか用いません。迷わないですむのはありがたいです。

さて、「あげる」に用いる「上」・「挙」・「揚」には、意味の上で共通点があります。何かを「高い方に動かす」(何かが高い方に動く)という点です。「上」も「挙」も確かにそうだと思いますが、「揚げ物」の「揚」の場合は何を高い方に動かすというのでしょうか。

油の温度でしょうか、材料でしょうか。少しわかりにくいですが、例として思いつくのは、パン粉を油の中に落として温度を確認する時です。沈んだパン粉が上がってくれば、適温です。そういえば、唐揚げもコロッケもフライドポテトも油の中から粉が浮いてきたら揚げ時です。ですから、「揚げる」にも「高い方に動かす」という意味があるのです。

では、他の「上」と「挙」の字が高い方に動く、動かすという意味を持っていることも確認しておきましょう。

上・甲骨

上/甲骨3300年前

下・甲骨

下/甲骨3300年前

まずは「」。上は、掌の上側に点をつけた形からできた字で、ものが上にあることを示します。掌を下にしてそこに点をつけた形が「下」です。上か下かは基準線を決めないと判断できないので、その基準線を長い横線で表します。

上は高い側を示す字ですが、転じて「高い側に動く(動かす)」という意味まで持つようになり、今では、「あがる/あげる」の意味を表す最も一般的な用いられ方をするようになりました。「順位を上げる」「評判を上げる」「株を上げる」「給料を上げる」などこの字を書いておけば、ほぼ間違いがないほどオールマイティに用いる「万能選手」です。

挙・篆文

挙・擧/篆文2200年前

与・篆文

与・與/篆文2200年前

次は「」です。挙の旧字体は「擧」です。「擧」は「與(与)」と「手」との組み合わせ。「與(与)」は2本の象牙を4本の手で捧げて運ぶ形からできた字です。その「與(与)」にさらに手を加えた「擧」は、「手」を強調して、象牙を高く掲げて運ぶことを表す字です。象牙は貴重なものでしたから、複数の手で気をつけながら持ち挙げたことから、やがて「意識してあげる」というニュアンスを持つようになります。

ですから、「挙」を用いる時は、「重量挙げ」のように意識して重いものをあげるという時や「根拠を挙げる」「芥川賞の候補に挙がる」などのように、意識して選び出したというニュアンスを込めたい時に用います。

最初の例で出したように「手を挙げる」という時も、「あてて」と意識を引こうとしている時は「挙」を、単に手を上の方に伸ばしている時は「上」を使うなどの使い分けをすることができます。意識して選び出すというニュアンスは、「選挙」という字にもよく表れています。

揚・金文1  揚・金文2

揚/金文3000年前

易・金文

易/金文3000年前

改めて「」です。「油で揚げる」時の「揚」にも「高い方に動く、動かす」という意味がありましたが、油以外に用いる時はどうでしょう。実は、油で揚げる時のパン粉がふわふわと浮いてくるのと同じようなニュアンスの時に用います。例えば、「気球を揚げる」「(たこ)が空に揚がる」「旗を揚げる」などと使います。もちろん、万能選手の「上」を使ってもかまいませんが、ふわふわと引っ張られてという感じを強調したい時に用います。

ところで、油で揚げるの「揚げ」の字は「扌」と「易」からできた字でした。「扌」は、手の形ですが、「」は台の上に置かれた「玉(真ん中を丸くくり抜いた円盤状の宝石)」に光が当たって放射する形から生まれた字です。玉には生命力を高める力があり、そのパワーを浴びて元気百倍になることを示すのが「易」です。

そのパワーが熱として働くと、水を「お湯」に変える力になります。その熱の頂点は太陽の「陽」。「易」にはパワー=熱のイメージがあり、それが「油で揚げる」時に「揚」の字しか使わない理由なのかもしれません。「易」はもともと熱い力を持ったパーツだったのです。

騰・篆文

騰/篆文2200年前

最後に、ラジオでは扱いませんでしたが、「高騰」の「」という字も「あがる」と訓読みする字です。「騰」は馬が飛びはねる、「躍りあがる」ことをいいます。物価などが高騰・暴騰というように「勢いよく跳ねあがる」(高い方に動く)の意味で用います。「物価が上がる」、「値段が上がる」と「上」という字を書いてもいいですが、「物価が騰がる」、「値段が騰がる」と書くと、馬がジャンプするような勢いになりますから、「押さえようのない力で高くなっていく」というニュアンスを込めることができます。

まさに昨今の状況がそれです。これ以上、物の値段が騰がらないでほしいと願いますが、今は、我慢の時なのかもしれません。

放送日:2022年4月11日

参考:『漢字の使い分けときあかし辞典』著・円満字二郎/発行・研究社