立・甲骨夏・金文

前回取りあげた「穀雨」の季節を過ぎ、暦の上では「立夏」となりました。

立・甲骨

立/甲骨3300年前

夏・金文

夏/金文3000年前

「立夏」の「」は、人が両手を広げて真っすぐにたつ姿から生まれた字で、「たつ」ことを表しますが、「おこす」とか「はじめる」などの意味にも用いられます。会社や学校をおこすこと=新しくつくることを「創立」・「設立」といいます。「立春・立夏・立秋・立冬」など季節の始まりをいうときにも用います。「立」は、新しくおこす、始まりを告げる言葉でもあります。

四季それぞれの始まりの中でも、私は夏の始まりを告げる「立夏」の頃が好きです。外は新緑であふれ、生き生きとした命の輝きを一番感じられる季節だからかもしれません。

」という字は、手と足を挙げて踊る人の姿から生まれた字です。命の躍動が込められた字です。これから始まる季節の輝きは「夏」の字そのものの中にあります。

緑・篆文

緑・綠/篆文2200年前

さて、「立夏」の季節を表す色といえば、「みどり」です。「緑(綠)」の字は「糸へん」があるように、「布」の色を表した字です。

右側の「彔」は「ろく(りょく)」と読む字であることを示す部分(声符)です。中国の「詩経」という古い詩集の中に「緑の衣=緑衣」という詩があります。亡くなった奥さんが着ていた「緑の衣」を見ては、生きていたころの奥さんを恋しく思うという詩です。緑の衣に黄色い裳(スカート)は女性の正装でした。緑色は特別な色だったのです。

碧・篆文

碧/篆文2200年前

その「みどり」を表す字には、他に「(へき)」と「(すい)」があります。「石」のある方は玉石から、「羽」のある方は鳥からきた名前です。

ともに「みどりいろ」を基調にした色ですが、「」は緑がかった青色、「紺碧の空」とか「紺碧の海」など「紺色」とセットで用いられ「深い青」を示します。古代日本でも装飾品として用いられた「勾玉(まがたま)」の材料として用いられた玉石です。

翡・篆文

翡/篆文2200年前

翠・篆文

翠/篆文2200年前

(すい)」は、翠鳥=カワセミのことをいいます。カワセミは頭、頬、羽が青色、胸のあたりは橙色をしており、「渓流の宝石」とも呼ばれる鮮やかで美しい鳥です。羽は光の反射によって緑色にも見えます。

「カワセミ」は「翡翠(ひすい)」とも書きます。中国の古い書物に「オスが翡、メスが翠という」とあります。雌雄合わせた「カワセミ」の字が「翡翠」ということです。鳥の翡翠(カワセミ)のように緑がかった宝石を「ヒスイ」と言います。古代中国の「玉」は多くは「ヒスイ」系の宝石でした。

「碧」や「翠」の説明でも用いましたが、「青色」と「緑色」は地続きの色合いで、お互い見分けがつかないような使われ方をします。現代でも「青葉」とか「青信号」など「緑色」を「あお」と呼ぶこともあります。「緑色」には様々なバリエーションがあり、深い緑から青色に近い青緑まで幅の広い色合いです。植物の色合いの「緑」を真ん中に緑が濃い方を「翠」。青に近い方を「碧」と呼ぶと覚えておいてもよいかと思います。

緑雨・篆文

緑雨/篆文2200年前

ところで、「立夏」」の季節に降る雨を「緑雨(りょくう)」と言います。初夏に降る雨を指します。

日本の雨の呼称は見事です。梅雨前の(したた)るような緑の中を降る雨は「緑雨」です。

放送日:2022年5月9日