文・甲骨

今日(放送日は5月23日)は「ふみの日」。最近は手紙やはがきを書くことがめっきり少なくなってしまいました。

メールやラインで事足りる時代になって、手書きで文字を書くこと自体が減ってしまいました。世の中の趨勢ですから致し方ないのかもしれませんが、だからと言って書き言葉(文字)を知らなくてもいいというわけにはいきません。メールを打つ時でも、あの字はどんな字だったのか知らなければ、該当の漢字一つを見つけ出すことさえできません。

とくに、漢字の検索では、「音読み」で調べると同じ音の漢字が多く、見つけることが面倒な時があります。そんな時、その漢字の訓読みを知っているとか、熟語での使い方を知っていると、それを打ち込んでピンポイントで探すことが可能です。漢字は多様な使われ方をするので、語彙の幅が求められることが多いのです。やはり、子どもだけでなく、大人にとっても、言葉の力を豊かにする努力は必要なのです。

本を読むこともその一つですが、やはり言葉を使う機会を意識的に持つことが大切です。「ふみの日」は毎月やってきますから、月に一度、学校時代に習った漢字を思い出すためにも、言葉を書いてみる日、あるいは活字に親しむ日にしていただけるとうれしいです。

さて、「ふみの日」の「ふみ」は和語です。文字を記してあるもの、文書、書物、手紙の類のことを指しますが、漢字では「(ぶん)」と書きます。日本には文字がなかったので、文字が入ってくるまで、「文字を記してあるもの=文書」を表す「ことば」も当然ありませんでした。ですから、「文」という漢字が中国から朝鮮半島を経て入ってくる間に、その発音から「ふみ」という和語が生まれたのではないかと白川先生は『字訓』という字書の中で推測されています。

筆・篆文

筆/篆文2200年前

毛のついたふで

毛のついたふで

手

その本の中で、「ふみ」を書く(ふで)のことも紹介されています。古く「ふで」は「ふみて」と言ったそうです。その「ふみて(手)」が「ふみで」となり、さらに、「ふんで」と撥音便(ン)になり、「ん」が取れて「ふで」になったそうです。「ふで」という字の「ふ」も「ふみ」からきていたのです。「筆」という漢字は、竹でできた「ふで」を手に持っている形からできた字です。「筆」の成り立ちを知れば、「ふみて」(→「ふで」)はうまいネーミングだと思います。

文・甲骨

文/甲骨3300年前

字・金文

字/金文3000年前

ところで、「文字」という言葉は、中国では漢字を指しますが、漢字の作り方を教えてくれる字でもあります。漢字は、大きく分けると「形を(かたど)って作った漢字(象形文字)」と「二つ以上のパーツを組み合わせて作った漢字(指事、会意、形声の文字)」からできています。形を象って作った漢字を「」、二つ以上のパーツを組み合わせて作った漢字を「」と言いました。それで、漢字全体を指して「文字」というのです。

その「形を象った漢字(象形文字)」を代表したのが「」です。「文」は、今は文字を表す字として使いますが、その成り立ちは違いました。

文・甲骨 文・金文1

文/金文3000年前

文・篆文

文/篆文2200年前

「文」という字の古代文字は、手と足を広げた人を正面から見た「象形文字」です。その胸の部分に「×」や 「🖤(心臓)」などの文様(マーク)があります。現在の「文」の字にはもう胸の文様はありませんが、本来は胸の部分に文様(マーク)がある字でした。

何のためにこんな文様(マーク)を胸の部分につけたのでしょうか。

そもそも、手と足を広げて正面を向いている人は、実は立っている人ではなく、亡くなった人なのです。寝ている人の姿です。その亡くなった人の胸もとに悪いもの(悪霊)が入りこまないように、あるいは、亡くなった人の魂がどこかに連れ去られてしまわないように×やハート(心臓)のマークを書いて、魔除けをしたことからきています。おそらく死んだ人の胸に絵の具のようなもので目立つ色で書いたと思われます。

そういうことから、この体に付けられた文様(文身=ペインティング)の美しさを表す字として「文」は作られました。その「文」が、やがて文字の美しさを表す字となり、現在のように「もじ、ふみ、ことば」の意味を持つようになっていきました。「文」を「あや」と読んだり、糸で編んだ文様を「糸へん」に「文」と書いて着物の「紋様」と使ったりするのは、「文」が文様の美しさを表した名残です。

死んだ人の胸に描かれた魔除けのマークから「文」の字は生まれ、次第に、文様の美しさを表すようになり、やがて、文字や文字が書き連ねられた文章を表すようになっていきました。

文字を美しい文様のようにとらえるとらえ方は現在からみると不思議かもしれませんが、文字が生まれた3000年以上前の人々にとっては、文字の一つ一つ、文字の連なりを神聖で神秘的なものとしてとらえていました。美しい文様そのものだったのです。

放送日:2022年5月23日