今日は、ラジオのメッセージテーマ「海産物」に便乗して「海」を取り上げます。
![]() 海/金文3000年前 |
![]() 毎/金文3000年前 |
「海」と聞くと、詩人三好達治の「海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。」(『測量船』)が浮かびます。「そして母よ、仏蘭西人の言葉*では、あなたの中に海がある。」とつづく有名な一節です。このしゃれた知的なフレーズも(海の)産物です。
三好が言うように、「海」という字の中には「母」があります。正確にいうと「毎日」の「毎」です。「海」は「氵(さんずい)」と「毎」との組み合わせ。「氵」は、海の水。「毎」は、もと「每」で、髪飾りをつけた女性(母)の形からできた字です。
とはいえ、「海」の成り立ちからいえば、海はあらゆるものを生み育てる母のような存在だと感じて、漢字を作った人たちが海の中に母を入れたわけではありません。ここでは「かい」と読む音を表す役割で使われています。*「毎」には「まい」と「かい」という音があります。
ですが、20世紀の日本の詩人にこんなしゃれた詩句を書かせたのですから、漢字を作った人たちの意図はともかく奥行きを感じさせる漢字となりました。
![]() 悔/篆文2200年前 |
![]() 晦/篆文2200年前 |
ところで、この海の中にある「毎」という字について、白川先生は次のようなことをおっしゃっています。
「毎」が入った字には、「海」の他に大晦日というときに使われる「日へん」に「毎」と書く「晦」。「忄(りっしんべん)」に「毎」と書く後悔の「悔」があり、これらの字は、みな「くらい」という意味があると。
「海」は、底知れぬ暗い世界ですし、「晦日」の「晦」は、太陰暦では、月が欠けて隠れてしまう「みそか(最後の日)」のことを表すので「くらい」の意味があり、心が「くらい」状態のことを「後悔」の「悔」といい、「くいる・くやむ」の意味があるとおっしゃいました。つまり、今あげた「毎」の入った字は、みな「くらい」という意味をもっているわけです。
海の中には母がいるという素敵なイメージで始めましたが、むしろ、「海」の中にある「毎」は、光も届かぬ暗い世界のイメージを持つ字でもありました。
中国に「四つの海」と書いて「四海」という言葉があります。中国を取り囲む海のことではなく、中国の周りにある国々のことを指し、そこは、中心にある中華の国と違って未開の国という意味で用いられていると白川先生は書いておられます。海は未文明の世界を表す字でもあったのです。
ということで、「海」という漢字の中には、三好が描くどこか懐かしい母のような「海」のイメージと、白川先生が指摘する闇を抱えた暗い「海」のイメージがあります。
海はすべての生き物の源でもありますが、底知れぬ闇の世界でもあります。山の中で生まれ育った私にとって、海がいつまでたっても怖いのは、海という字の中に潜む底知れぬ暗さだったのかもしれません。黄河流域に生きた古代中国の人々にとってもそうだったのかもしれません。こんなふうに考えると、「毎」の字が選ばれたのは、単に「音」だけではなかった気がしてきます。
さて、最後に、「海」の字を使った熟語クイズを出してみます。(答えは記事の最後です)
ではウォーミングアップから
①「海の星」と書く海の生きものは何でしょうか?
②「海の月」と書く海の生きものは何でしょうか?
では、少し難しく。
③「海の豚」と書く海の生きものは何でしょうか?
④「海の鼠」と書く海の生きものは何でしょうか?
⑤「海の扇」と書く海の生きものは何でしょうか?
最後に一つ。
⑥「海の砂」と書く海産物(調味料)は?
*①を除いて、『字通』(白川静著 平凡社)から出題しました。
放送日:2023年5月8日
<クイズの答え>
①ヒトデ
②クラゲ
③イルカ
④ナマコ
⑤ホタテガイ
⑥塩
2023年5月17日 at 2:04 PM
初めまして熊本市在住の梅林といいます。自宅近くにある熊本市弓削地域コミュニティセンターの主催事業で「おとなの漢字教室」を担当しています。白川静先生の「常用字解」「字統」や資料で気になる漢字、思い出のある漢字の起源、成り立ちを調べる活動を行っています。昨年スタートで2年目になります。参加者の方たちは70、80歳代で、8人で活動しています。昨年の12月に偶然にもゴット先生の「ラジオ・漢字の成り立ち教室」にネット上で出会いました。毎回、分かりやすい説明文章を読ませていただいています。改めて漢字の魅力にとりつかれました。
2023年5月27日 at 2:48 PM
梅林様
お便りありがとうございます。漢字の成り立ちに関心を持って活動されている皆さんに、お便りをいただくと励みになります。楽しんで活動されている姿が伝わりました。是非これからも楽しんで活動を続けてください。私も応援のつもりで、頑張ります。