暑・篆文

今年の夏は、異常なほどの暑さが続いています。ちょうどこの時期、お盆を迎えるあたりから、暑さも一段落するのですが、今年はどうなりますか。今年の夏の暑さが「(異常じゃなくて)当たり前」といわれるような未来を想像すると恐ろしいです。

白川先生の漢和辞典『字通』には、夏の暑さを表す熟語がいくつも紹介されています。

「酷暑」・「大暑」等はよく使う熟語ですが、言われてみればなるほどと思う「炎暑」とか「熱暑」とか「烈暑」という言葉もあります。どれも、「きびしい、はげしい暑さ」を表します。ところが、そんなレベルではないという表現もあります。

劇暑」(劇薬・劇物の「劇」)、「毒暑」(毒薬の「毒」)です。「劇」にしろ、「毒」にしろ、もう体に害を与えるほどの暑さ、一つ間違えれば死に至る暑さ・・・となれば、もう大げさな表現ではなく、今年、世界中で起こっている猛暑を言い当てている気がします。

さて、その暑さの「あつ」、「毒暑」の「しょ」の漢字、「」ですが、その成り立ちについて、白川先生はユニークな解釈をされています。

暑・篆文

暑/篆文2200年前

者・金文

者/金文3000年前

「暑」は「お日様」の「日」と「者」とからできた字です。「日」は太陽ですから、太陽がギラギラ輝く夏の太陽を表し、これが「あつい」という意味を担っています。「者」は「しょ」という読みを表す部分。「者」には「しゃ(両者・煮沸)、しょ(諸国・警察署)」の両方の読みがあるからです。多くの学者は、「暑」の「日」の部分が意味を、「者」の部分が「音」を表す役割を担っている字だと考えています。

ところが、白川先生は次のように考えられました。

煮・篆文

煮/篆文2200年前

「者」が音だけで用いられているのなら、例えば、「煮る」ということを表す「(しゃ)」に「者」があるのはなぜだろう?「煮る・煮沸」は「ぐつぐつ煮る・ぐつぐつ沸く」という言い方からして熱いからです。「者」は音だけの役割とは言えないのではないかという疑問です。

そこで、「者」の成り立ちを考えます。漢字が生まれた時代から中国の街は、四方を取り囲んだ城壁に守られていました。たいてい、土を踏み固めて高い堤防のように築きました。その堤防のあちこちの土の中に、木の枝にくくりつけた魔除けの札を入れた器を隠し、悪いものが城壁をすり抜けて入って来ないようにお守りを置いて守ったのです。その土の中に埋めた魔除けの札を入れた器を表す字が「者」でした。

「者」には、上側に土があり、左払いの斜めの線が木の枝であり、下にお札を入れた器口・篆文・さい)=「日」がある形です。ですから、成り立ちから言えば、悪いものの侵入を(さえぎ)る役割はしますが、「熱さ」を表す字ではありません。でも、熱いものを表す字に使われたのはなぜか。それは別の字と意味が入れ替わったからではないかと白川先生は推理されたのです。その別の字が「庶民」の「」です。

庶・金文

庶/金文3000年前

庶・篆文

庶/篆文2200年前

「庶民」の「庶」の成り立ちは「广(げん)」と「廿(にじゅう)」と「灬(よつてん)」とからなる字です。「广」は家の(ひさし)。「廿」は煮炊きするときに用いる器(鍋)。「灬」は「火」を表します。実は、「庶」こそが台所の鍋で物を煮ている様子を表す字でした。「庶」は、成り立ちから言うと「煮る」という意味を表す字でした。しかし、現在、「庶」に「煮る」という意味はありません。その本来の意味は、似た音を持っていた「者」という字と入れ替わって、「煮る」という字の「煮」の中に入ったからです。ですから「暑い」という時の「者」の字の中にも「煮ものをする時のようなあつさ」という意味も加わることになります。

ところで、「庶」は何を煮炊きしていたのでしょうか、おそらく「おでん」のようにいろいろなものを一緒に煮ることもあったでしょう。ですから、「いろいろ、多い」という意味を持つようになり、今、「者」の入った「諸国(いろんな国)」という時の「諸」の字の中に受けつがれています。

逆に、「ものをさえぎる」という時の「(さえぎ)る」、「(しゃ)」という字の中には「庶」という字が入っています。本来悪いものをさえぎるために土の中に埋めた器が「者」でした。「者」と「庶」の意味が入れ替わって使われた例といえます。

このように、白川先生は「暑い」の「者」と「庶民」の「庶」の意味が入れ替わったことから、「暑」の字の中には「煮ものをする時のようなあつさ」という意味も加わっているのではないかととらえられました。そう考えると「暑」はさらに暑さを増す字となります。なるほど、「暑」が「あつい」はずです。その上、「劇暑」・「毒暑」と言えば、もうとんでもない暑さになります。

放送日:2023年8月14日