至・甲骨

古代中国では矢を放って邪悪なものを追いはらう清めの儀式が行われていました。たとえば、祖先の霊を(まつ)る大切な建物を建てるようなとき、どこに建てるのがふさわしいか、矢を放って場所を選ぶ儀式が行われたのです。

放った矢が地面に落ちた場所こそ、邪気のよりつかない神聖な場所と考えました。
それはとても重要な儀式だったので、放った矢が落ちた場所を表す漢字が生まれました。

至・甲骨(甲骨 3300年前)  至・篆文(篆文 2200年前)

放たれた矢(矢・甲骨)が地面(地面)に突き刺さっているそのままを字にした象形文字です。なんという字かわかるでしょうか。矢が弧を描いて飛んでいって地面に落ちるところまでを表す字です。

()」、「(いた)る」という字です。三千年以上もたっていますから現在の字はずいぶん変化していますが、「至」という字は逆さまになった矢と地面を示す一本棒から成り立っている漢字なのです。今は広く「~に至る」という使い方をする字ですが、初めは矢が放たれて「至った場所」を表す字であったことを古い文字が教えてくれます。

さて矢が至った場所には大切な建物が建てられました。その建てられた建物を表す字が出来ました。それが、建物の屋根を表す「宀うかんむり」をつけた「室」です。今は室内とか部屋の意味で使っていますが、古くは矢を放って建てた重要な建物「いえ」を表す字でした。

室・甲骨(室/甲骨)

さて、もう一つ建物に関係する字があります。屋内という時の「屋」という字です。これにも「至」が入っています。これはどんな建物か、至を「尸(しかばね)」が覆っているので、実は死んだ人を安置する建物を示します。古代中国の上流階級では、人が亡くなると仮の安置所を作り、亡くなった人が白骨化するまで置いておいたのです。白骨化して初めて本当の「死」を迎えたのです。(風葬といいます)
仮とはいえ、この建物も死んだ人の眠る大切な建物なので、矢を放つ儀式をして建てられたことがわかります。
現在、屋は「いえ、やしき、すまい」等の意味で広く使っていますが、最初は死んだ人を安置する仮の建物を表す字でした。

屋・篆文(屋/篆文)

建物を表す「室」や「屋」の字に魔除けの矢が入っているなんて思いもしなかったかもしれませんが、私たちは今も建物の中(室内・屋内)で隠れた「魔除けの矢」に守られているのです。

「室」や「屋」以外にも、「至」が入った漢字は、到着の「到」、倒れるの「倒」、一致とか誘致とかに使われる「致」などがあります。今は簡単な字になっていますが、台という字の旧字体は(だい)で、この字の中にも至が入っています。高い建物を表す「台」も矢を射て神聖な場所に立てられたのでした。

普段何気なく使っている漢字の中に意外な過去が埋もれたりしています。そんな意外な過去に気づくと漢字を知る楽しみが増えます。
平凡社から出ている白川静先生の『常用字解』という字書はそんな楽しみを刺激する一冊です。手に取っていただくとうれしいです。

放送日:2015年3月30日

 

今回のおまけ

今回は川口由貴絵さんが最後の放送ということで、名前の字の由来をお話ししてはなむけにします。

「由貴絵」の「由」はひょうたんの実の形から生まれた字です。つる性の植物ですが、字の真ん中にその「つる」がちょこんと残っています。古来生命力の強い植物とされてきました。

「貴」は貝の字が入っているように、大切な貝を両手で捧げている形からできています。貝は「お金」としても使われた貴重なものでした。

「絵」は「いとへん」があるように、もともと織物に関する字でした。織物は「縦糸」と「横糸」で編み上げていくものです。縦糸・横糸が出会って織り上げられると見事な模様が現れるのです。その織物の模様のことを「絵」と言っていたのです。ですから、「糸」に「会う」と書くのです。

「由貴絵」という名前には、本当にたくさんの思いが込められているんですね。是非名前のように、これからも「縦糸」「横糸」を見事に織り上げて素敵な人生にしていっていただければと願っています。今後のご活躍を期待しております。