(畐 金文3000年前)
前回、今年の干支「酉」の話をしました。干支で使う「酉」の字は、もとは「酒壺(酒樽)」の形からできた字だったことを紹介しました。今回も酒壺の話から始めます。
実は、酒壺の形から生まれた字がもう一つあります。酒壺のふっくらした形が満ち足りた豊かさを感じさせたのでしょうか、中に入っている酒を飲んで幸せな気分になったからでしょうか、「幸福」の「福」という字の旁(右側)、「畐」の部分が酒壺の形です。「畐」はそれだけで「ふく」と読む字です。
福/金文3000年前 |
尊/甲骨3300年前 |
ふっくらとした酒壺と中の酒そのものが神様を呼び寄せ、人を幸せにしてくれるアイテムでした。幸福の「福」は、「ネ(神さまへの供え物を置く台)」と「畐」との組み合わせからできた字です。神前に酒壺を捧げ、幸いを求めることを「福」といいました。前回取りあげた「尊」という字も酒壺を両手で神にささげる字でした。
富/金文3000年前 |
ふっくらと丸みを帯びた当時の酒壺は「満ち足りた豊かさ」を感じさせるものでした。そのふっくらとした酒壺をたくさん並べ、祖先を祀る行事を盛大に行うことができることは、その一族(一家)の「豊かさ」を表すシンボルでした。そこから生まれた字が、「富」という字です。「宀」は祭りが行われる建物を表し、中には酒壺が置かれています。まさに、たくさんの酒壺や供え物を飾ることが「富」の象徴でした。
今でこそ「富」の象徴は、お金や土地・建物などの「財産」ということなのでしょうが、古くは、いかに多くのお供え物を祖先の霊にささげることができるかが、一つの「富」のバロメーターでした。
さて、ふっくらとしたものを表す「畐」は、日常で用いる字の中では「福」や「富」の字の他にあと二つあります。
副/篆文2200年前 |
幅/篆文2200年前 |
一つは、「正副」という時の「副」です。「畐(酒壺)」を「刂=刀」で分けることを言い、「さく、分ける」の意味で用います。瓢箪のような壺は、二つに分ければ左右対称の形に分かれます。二つに分けた片方を「正」、もう片方を「副」として予備とするので、「副」は「うつし、ひかえ、そえる」等の意味で用います。(実際に酒壺を二つに分けたかどうかはわかりませんが、分ければ同じ形の物が二つできます)
もう一つは、「幅」という字です。部首の「巾」は布切れ、ひざかけを表します。「幅」はもともと巾の「はば、横の長さ」をいいました。横にふくらんだ「酒壺」の形から一定の「はば」のある物、広がりのある物へと意味が拡張しています。
今年の干支「酉」と今回紹介した「畐」はともに酒壺の形から漢字になりました。一方は「酒」そのものを表す字の中に、もう一方はふっくらとした酒壺の形から「満ち足りた」様子を表す「福」や「富」という字のもとになっていきました。
それにしても、物質的な豊かさのみを「富」とする現代社会と比べると祖先を祀るお供え物=酒壺の多さを「富」とする昔の人々の方が、どこか豊かな精神世界があるように感じます。
放送日:2017年1月23日
2017年3月16日 at 8:20 PM
日常あまり使いませんが、折角だから、中国で縁起が良いとされ、吉祥紋様にもなっている「コウモリ」の『蝠』にも触れて欲しかった。
例えば、日本語の「コウモリ」を「蝙蝠」と書きますが、身近でありふれた動物なのに、なぜ二文字で表現するのだろう。それは、古代からだったのでしょうか。
勝手な推測ですが、『蝙』と『蝠』は、『蛾』と『蝶』のように、良く似ているが全く異なる種類のものなのでしょうか。それとも、「オシドリ」の「鴛鴦」のように、雌雄の別を言うのでしょうか。