昆・金文

朝から威勢よく鳴き始めた蝉たちも、ここしばらくやや勢いを失ってきたかのように感じます。季節はゆるやかに移り始めています。さて、今回もメッセージテーマ「昆虫」に、漢字で便乗させてもらいます。

昆・金文

昆/金文3000年前

「昆虫」の「」は、中学校までに習う「常用漢字」の中に入っていますが、「昆虫」以外にはほとんど使う機会のない字です。(「昆布」の「昆」でよく使うと思われるかもしれませんが、「昆布」の「昆」は本来の意味ではなく、音だけを借りた「当て字」です。)

さて、「昆」は、「日」をひらべったくしたような字と比例の「比」との組み合わせです。3000年前の古い文字(金文)をみると、確かに「日」と「比」に形が似ています。白川先生は、「比」にあたるところが、「虫の足」を表していると言われています。すると、上の「日」の部分は虫の胴体を表すことになります。虫の胴体から「足」が出ている形で、まさに「節足動物」=「昆虫」そのものを表す字です。

現在の昆虫には、カブトムシ、コガネムシ。蝶や蛾。ハエや蚊。蜂や蟻。蝉、カメムシ。バッタ、コオロギ。トンボなど数多くの種類がありますが、古い時代には「小さな虫」の類が代表で、小さな虫は群れ集まり、入りまじっていることが多いので、その集まる様子から「氵」に「昆」と書く「混(まじる)」という字ができたと白川先生はおっしゃっています。混合、混迷、混同などと用いられる字です。

混・篆文

混/篆文2200年前

ただ、「氵」がついているのが気になります。小さな虫がまじりあうだけなら水とは関係なさそうなので疑問が残ります。そのため「混」の字は、「川の豊かに流れるさま」を表すと白川先生とは全然違う解釈をしている人たちもいます。私は、蚊の幼虫のぼうふらのように「水」の中で大量にうごめいている虫の姿をイメージして、水辺、川辺にいる小さな虫の群れと考えたらいいのではないかと思っています。夏の夕方の川辺には無数の小さな虫たちが混じり合って飛んでいます。

ということで、「昆虫」の「昆」には、もともと「足のある虫=昆虫」の意味があり、その虫たちが小さい虫だったことから「混(まじる)」という字もできたという白川説にやはり魅かれるものがあります。

では、「昆虫」の「」の字は何を表しているのでしょうか。すでにこのラジオでも何度か取り上げていますが、

虫・甲骨

虫/甲骨3300年前

虫・金文

虫/金文3000年前

「虫」の最初の字は、ヘビが鎌首を持ち挙げたような形からできた字です。このヘビは頭の形から「まむし」だと言われていますが、いずれにせよ「爬虫類」の類が「虫」という字のおおもとでした。ですから、今は「虫」を「チュウ」と読みますが、はじめは「キ」と読み、「むし」とは別の字だったのです。

実は、現在の「むし」を表す「虫」のもとの字は「虫」を三つ書く「(チュウ)」という字でした。同じものを三つ書いて、密集する小さな「虫」をイメージして作られた字でした。その「蟲」が変化して「虫」一つの現在の字となりました。

蝉・篆文

蝉/篆文2200年前

さて、昆虫の中でも「」は、3000年以上も前から青銅器の文様に用いられた大事な虫でした。殷周時代の青銅器の中に「蝉」が描かれた器が残っています。蝉は何年も地中にいて、成虫となって地上に出てきます。古代の人々は、その様子から「蝉」を「再生する生命力」の象徴と考え、大切な青銅器の中に祈りにも似た思いで文様として飾りました。3000年以上も前の人々にとって「蝉」はよみがえりの象徴として強く意識されていたのです。

そんな古代の人々の思いをよそに、3000年後の「蝉」たちが夏の終わりを惜しむように鳴いています。今でも古代の人々の思いが通用するなら、「蝉」の文様に戦争で傷ついた人々の心の「再生」を願いたい気分です。

泉屋博古館パンフレット

「泉屋博古館パンフレット」より

 

 

 

 

 

 

 

放送日:2022年8月22日