長・甲骨

9月に入り、昼間はまだ夏の陽気でも、朝晩はめっきり秋の気配が漂うようになりました。
9月は、陰暦の和名では「長月」と言います。ただ、陰暦ですから、今の太陽暦に直すと1か月ほど先の季節を表していると言った方が正確です。感覚的にはまだ夏の名残が残る9月よりも、もう少し秋が深まった10月ごろを指しています。

とはいえ、現在のカレンダーにも9月の和名として「長月」と書かれていますので、今回取り上げてみます。

まずは、「長月」の和名の由来からと思いますが、いろんな辞書を紐解いても由来は諸説あって定説がないようです。ここでは代表的な3つの説を紹介します。

一つ目は、「夜長月(よながづき)」からきているという説です。このころは、日の入りが早くなり、次第に夜の時間が長くなっていく、そんな時期を表すからという説です。シンプルですが、説得力があります。たしかに日が短くなっていることを実感する季節です。

二つ目は、稲刈りの季節と関わるという説です。「稲刈り月」→「いねかり→いながり→なが」と変化したというもの。最後のあたりは、やや、強引にこじつけた感があります。

三つ目は、9月は6月と似ており、雨が長く続く季節。「長雨月(ながあめづき)」から「長月」となったという説です。これは現代の季節感にはあっていますが、陰暦9月(今の10月ごろ)とは少しずれている気がします。有名な民俗学者の折口信夫の説ですけど。

どの説もそれなりに面白いですが、やはりシンプルな「夜長」説が、感覚的にも一番わかりやすい気がします。

そんな「夜が長くなっていく」季節=長月のイメージといえば、私は、「老人」と「月(ムーン)」を思い浮かべます。
今年の敬老の日は、9月19日だそうですが、これまで9月15日が「敬老の日」とインプットされてきましたから、9月といえば、「老人」と連想してしまいます。その上、「長月」の「長」の字が、老人を表す字だからでもあります。

長・甲骨

長/甲骨3300年前

3000年以上前の「」の一番古い文字(甲骨)は、杖を持った長髪の人が横向きに立っている形から生まれた字です。(現在の「長」の字の左下6画目が杖、右下7画と8画目が人の形、それ以外が長髪を表現した部分と言う人もいます。)意外に思われるかもしれませんが、古代中国では長髪の人が老人であり、一族の指導者として尊敬されたので、「かしら、尊ぶ」などの意味となりました。指導的な立場の老人を「長老」と呼んだり、今でも会社を代表する責任者を「社長」とか「会長」と言ったりするのも、「かしら」の意味の流れで使われている例です。

ところで、老人が長髪というと現代の感覚とちがいますが、やはり当時の平均寿命との関係を考慮に入れる必要がありそうです。3000年以上前の商(殷)の国のお墓に残された骨から、当時の平均の死亡年齢が割り出されています。それによると、商の時代の平均死亡年齢は35歳だったそうです。この数値には子どもの数が入っていないので、(子供の死亡率の方が高かったそうです)平均寿命はさらに低かったと考えられるということです。(『人口の中国史』上田信 岩波新書より)

ですから、おそらく40歳を越えればすでに老人だったのです。ましてや、70歳まで生きたりしたら「古来稀なり=古稀」と言われるわけですね。たぶん、まだ髪はふさふさでも老人と呼ばれるそんな時代だったことを踏まえなければなりません。

そこで、強引ですが、「長月」の「長」の字の由来を考えると、「長月」は「老人」の長生きを讃える月でもあると言えるのです。9月(長月)に「敬老の日」を設けたのはまことにことばの由来にかなっています。「老人の日」を9月に制定したらどうかと熱望した人を私は知りませんが、漢字の由来から言えば「長月」がぴったりでした。いやはやお見事!

老・金文

老/金文3000年前

ついでに言うと、「老人」の「」の成り立ちも「長」と同じ長髪の人の側身形からできた字です。長髪の年老いた人が「老」。「 おいがしら(おいがしら)の部分が長髪の形。「 か・老のパーツ(か)」は杖が変化したところとも、死に際の人の姿とも言われています。(白川先生は後者の説)

さて、長月のもう一つのイメージは、「月(ムーン)」です。もちろん、中秋の名月の時期と重なることからきています。「中秋の名月」は旧暦の8月15日。今年は9月10日でした。新暦ですとまだまだ暑さが残る時期ですが、月がきれいな季節とも重なります。そんな月にまつわる「長月」のエピソードを紹介しようと思いましたが、時間がきました。9月はもう一回ありますので、忘れていなければ、次回に回したいと思います。

2022年9月12日