京都の太秦に本拠地を置いた渡来人・秦氏は様々な技術を大陸からもたらした一族でしたが、機織りの技術もその一つでした。その秦氏とかかわりのある神社が、京都で最も古い社の一つと言われている「木ノ嶋神社」です。木ノ嶋神社は別名「蚕ノ社」とも言われ、養蚕にかかわる神様が祀られています。はるか昔、秦氏が時の天皇に織りあがった「機」をうずたかく積んで献上したことから、「うずまさ」=「太秦」の名をいただいたといわれています。そんな古い織物の歴史のある京都から今回も「糸から生まれた漢字」についてお話しします。
系/金文3000年前 |
孫/金文3000年前 |
係/篆文2200年前 |
糸は蚕から紡いだ生糸を素材とする「絹」と、麻を素材とする「布」とに加工されましたが、どちらも長くつながった糸束を用いました。糸が長くつながっていることから、「つながり、連なり、ひとまとまり」等を表す字として用いられるようになります。その代表的な字が「系列」とか「系統」と使う時の「系」です。金文(3000年前)ではねじった糸束=飾り糸を手(爪)で持つ形に作られています。「系」の上の部分のカタカナの「ノ」に似た部分は、飾り糸を持つ手(爪)の形の名残です。
その垂れて連なる長い糸束が人の命のつながりの意味で用いられれば、はるか昔のご先祖様から、祖父、父、子そして孫へとバトンをつなぐ血すじ、家系を表します。「孫」という字は、祖父を祭る時に飾り糸をつけて祖父の代わりとなる役割を「まご」が行うことから生まれた字ですが、人の命のつながりがシンボリックに表現されています。
長くつながる糸束が人と人との「つながり」に及ぶときは「関係」とか「連係」などと用いるときの「係」という字になります。「人べん」に「系」と書く「係」には「飾り糸を人に結びつけてその人をつなぎとめる」という意味があると白川先生の『常用字解』には書かれています。
結/篆文2200年前 |
約/篆文2200年前 |
終/篆文2200年前 |
糸が思いを結び付けて人をつなぎとめる力を持つという考え方は、文字通り「結ぶ」という字に表されています。「結」の旁(右側)は「吉」という字です。願い事を入れた器(さい)の上に武器である小さな鉞(士)を置いて願い事の効果を閉じ込めて守っている形です。糸を重ねて結んだ「結」は、結び目に願いを込めている形で、二人の思いを結び目に込めて固く守ることを願うと「結婚」の「結」になります。
糸を曲げて組みひものように結んだ字が「約束」の「約」です。「約」は縄を結んでその結び目の形や数で約束の内容を記したことから生まれた字です。
また、縫物をするときの最後の仕上げは、糸の付いた縫い針で結びを作ることです。糸に最後の結び目を作ることから生まれた「おわり」を表す字が「冬」という字でした。その冬の字が季節の終わりを示す「冬」として使われるようになったので、もともとの糸を結んで終わるという意味の「終」の字が出来ました。
/篆文2200年前 |
潔/篆文2200年前 |
楽/金文3000年前 |
さて、最後は「まじない」に使われた糸です。糸がよりあって「糸束=飾り糸」になるとそのふさふさとした糸に神様がよりつき邪悪なものをはらうと信じられていました。今でも神社でお祓いをしてもらうとき、神主さんが麻糸を細かく裂いて白髪のようにして束ねたお祓いの道具=白香で下げた頭の上をさらさらとなでるように右に左に振ってくれます。あれも、今に残っている清めの儀式です。その「白香」を作ることから生まれた字があります。それが、清潔という字の「潔」の旁=で、「刀」の入っている部分が麻糸を刀で細かくして「ふさふさの糸飾り」を作ることを示す部分=でした。
「」はいろいろなもので身を清めることを表す字に使われるようになり、「さんずい」をつけると水で清めることを示す字の「潔」になります。水で「はらいきよめる」の意味から清められて「きよらか、いさぎよい」などの意味になりました。
もう一字紹介します。お祭りの日、巫女さんが「鈴」に飾り糸を付けて神前で舞う行事があります。その行事から生まれた字が「楽」です。昔の楽は「樂」と書き、木の上に白という字があり、両横に幺(よう、いとがしら)があります。金文では取っ手の付いた鈴に飾り糸をつけた形で、巫女さんが鈴を鳴らして舞いながら神様を楽しませたことを示します。
2回にわたって糸からできた漢字を紹介しましたが、まだまだ紹介できなかった字があります。糸は織物の素材となっただけでなく、つながりを表す字や結び目に願いを込めた字やまじないとして使われる字など多様な形でまだまだこっそり漢字の中に入っています。ちなみに後藤の「後」も「まじない」の系列として入っています。
放送日:2017年8月14日
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