天神山祭提灯

七月に入り、京都は今年も祇園祭の季節を迎えた。祇園祭の楽しみはいろいろとあるが、その一つは山鉾町内に建つ「山」や「(ほこ)」を巡り歩くことである。「山」や「鉾」の町会所で「前懸(まえかけ)胴懸(どうかけ)」や「見送(みおくり)」等の貴重な工芸品を観賞したり、お目当ての山鉾の「ちまき」を買ったりしながら、普段通ることのない「通り」を山鉾の地図を片手に行ったり来たりすることである。

祭提灯_御神燈

その道すがら「通り」の町屋や店先の玄関に吊るされている提灯(ちょうちん)の字に目が留まる。提灯に書かれているのは古い書体の「篆書(てんしょ)」を中心とした「献燈」や「御神燈」という文字である。山鉾町を歩くと提灯とともに様々に意匠(デザイン)を凝らした古い書体によく出合う。祭り提灯を飾る家は年々少なくなってはいるが、祇園祭で見かける提灯は古い書体で書かれた文字が多い。やはり、千年を越える京都の伝統行事には古い書体が似合うということかもしれない。そんな古い文字が書かれた家々の提灯に目を留めながら歩いていると「通り」に掲げられている大きな提灯に出くわすことがある。それが、「山鉾」を代々守り続けている町内の入り口にまるで門番のように立っている。

冒頭の写真は「下京区油小路綾小路下る風早町」にある「油天神山(あぶらてんじんやま)」の町内の入り口に掲げてある立派な提灯である。名前のごとく「天神様」をお(まつ)りしている「山」であるが、祇園祭には「天神様」を祀っている「山」がもう一つあり、この「山」は「油小路」通りにあるので「油天神」と呼ばれている。「天」は古くは人の頭頂部、頭のてっぺんを表わす字であった。正面から見た「人」の頭のてっぺんが一本棒で表されている。古い意味をそのまま表したような書体になっている。「神」は「かみなり」の形からできた字で、「申」の部分が四方に広がる稲光を表す。「山」は「篆書体」ではなく「隷書体(れいしょたい)」(「篆書」が簡略化され書きやすくなった書体。今の字に近い。)である。

祭提灯_鯉山

上の写真は「中京区室町六角下る鯉山町」にある「鯉山こいやま」の大きな提灯である。黄河の難所である龍門の滝を登ると鯉が龍になるといわれる「登竜門」の故事から生まれた「山」である。この「鯉山」では大きな鯉が立身出世のシンボルとして祀られている。「鯉」の「里」はこの場合意味はなくという音を表す役割で用いられている。「魚」は魚の形から生まれた「象形文字」。「山」も山の形からなる「象形文字」であるが、祭り提灯に書かれる「山」は「隷書体」をベースにしたものが多い。「鯉山」の「鯉」も「山」もかなり遊び心の入った書体であるが、全体として美しい。上の字を「鯉」、下の字を「山」とすぐ読めないところが町衆の「美学」であるのかもしれない。

古代文字
御・甲骨

御(甲骨)

神・篆文

神(篆文)

燈・篆文

燈(篆文)

天・甲骨1

天(甲骨)

神・金文

神(金文)

山・甲骨

山(甲骨)

鯉・篆文

鯉(篆文)

山・金文

山(金文)

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