其中堂

古風な白い建物の一階と二階の間の外壁にこの文字は掲げられている。しかも、この文字はアーケード越しの隙間から顔を上げないと見えない。場所は三条寺町上ル西側、鳩居堂(きゅうきょどう)のすぐ南。仏教書専門店「其中堂(きちゅうどう)」の看板である。壁にはめ込まれた丸い蓮の紋様の台座の上に篆書体(てんしょたい)で大きく描かれている。この看板に気づけば通るたびにここで見上げるのが習慣となる。それほどお洒落な建物と文字盤である。

どのようないわれでこの店名がつけられたのか、ご主人に聞けばすぐわかることだが、私は勝手に次のように想像している。

これは論語の一節から取ったものである。子張第十九に次のような子夏(孔子の弟子)の言葉がある。

 

「子夏曰く、(ひろ)く学びて(あつ)く志し、切に問ひて近く思ふ、仁は()の中に在り」
(子夏曰 博学而篤志、切問而近思 仁在其中矣)

 

「博く学び、志は常に高く持つ、いつも真剣に問いかけ、どんなことでも自分の問題として考える。そういう姿勢で学問に打ち込めば、人を思いやる心、仁はおのずからあなたの心の中に育つだろう」。其中とは仁のある場所のことである。この書店の書物こそ「仁」を育てる宝の山である、どうか訪れて其のただ中に立ってもらいたい。そんな思いをこの名前にこめたのではないかと・・・。

 

字の成り立ち。「其」の上側は四角い形をした「ちりとり」、下部は物を置く台を表し、「四角いもの」「台座」の意味を持つ。基礎の基は土の台座。旗や将棋の棋、囲碁の碁の中にも四角がある。のち、其が代名詞の「それ」の意味で使われるようになって、竹で作った四角いちりとり(ざる)を表す箕(み)という字が作られた。「中」は殷の時代の軍隊から生まれた字である。軍は左軍・中軍・右軍の三隊編成であった。真ん中の中軍には軍全体を指揮する大将がいる。その大将の居場所を示す旗印が中のもとの字である。「堂」は尚と土との組み合わせ。尚は神を祭る窓辺に神の気配が現れること、土は土の壇。土壇の上に建てた神様を迎える建物のことを堂という。のち「たてもの」一般に用いる。

其中堂