豆・甲骨

7月10日は「納豆の日」。納豆の起源はよくわかっていないようですが、平安時代にはすでに「納豆」という文字が書物に書かれているそうです。その納豆は、私たちが普段食べている「糸引き納豆」とは違い、糸を引かない「納豆」だといわれています。確かに、京都には「大徳寺納豆」と言って、糸を引かない塩っ辛い納豆があります。塩辛納豆は古くからお寺で作られていたそうで、お寺の台所=納所(なっしょ)で作られた豆なので、納豆と名付けられたとも言われています。

そんな歴史を持つ納豆の主役は、何といっても「まめ」ですから、今回は「」という字を取り上げてみます。

豆・甲骨

豆/甲骨3300年前

豆・金文

豆/金文3000年前

といっても、「豆」という漢字は、もともと食べ物の(まめ)を表す漢字ではありませんでした。実は、「豆」は食べ物を盛り付ける器の形から生まれた漢字でした。古い文字を見ると、食べ物を盛り付ける部分が上側にあり、その下に脚がついています。戦国時代の青銅器は、耳のついた(ふた)つきの丸い盛り皿の部分とろうそく立てのような脚がついている形(写真参照)をしています。この食器の呼び名が「(とう)」でした。

環耳豆

環耳豆(かんじとう) 戦国時代」(泉屋博古館蔵)

では、なぜ食器を表す「豆」の字が食べ物の「まめ」の字として使われるようになったのでしょうか。それは食器を表す「豆」と「あずき」を表すとう」という字が同じ音だったので入れ替わって使われるようになったためです。(*「とう」は「とう」という字の中に残っています。竹冠をつけると「とう」にもなります。)漢字の長い歴史の中では、同じ音であるために字が入れ替わって使われるようになることもあるのですね。

ということで、「豆」はもともと「まめ」ではなかったので「まめ」とは関係ない字の中に使われています。

頭・篆文

頭/篆文2200年前

最初は「」です。あたまという字になぜ「豆」が入っているかわかりますか。
写真の「環耳豆かんじとう」を見ていただくとよくわかるのですが、人間の「頭から首」の部分が食器の「豆」の形とよく似ているのです。耳つきの(とう)(環耳豆)という食器が人の首から上の形に似ていることから「(おおがい)(人の首から上を表す形)」をつけて「頭」という字が作られました。

短・篆文

短/篆文2200年前

二つ目は、「みじかい」という時の「」です。字は、矢が入っているので「短い矢」を表します。食器の「豆」の脚の形が短いことから「みじかい」という意味となり、矢の短さを表す字として使われ、やがて「みじかいもの」全般を表すようになりました。

登・甲骨

登/甲骨3300年前

三つめは、登る、登山の「」です。この字の下側は食器の「豆」です。この場合は食器の「豆」の形に似た台だと考えられています。短い脚のついた「踏み台」のイメージです。上側は「はつがしら」と呼ばれる部分です。古い文字は足あとの形が二つ並んだ形です。踏み台の上で両足をそろえています。踏み台の上に両足をそろえてのぼっている形です。出発の時の姿勢ともいわれています。確かに、「発」にも両足をそろえた「はつがしら」があります。

今日は納豆の話から意外な話へと話題が移りました、「頭」・「短」・「登」という字の中にある「豆」の字が、食べ物の「まめ」とは関わりのない成り立ちをもっていることを知ってもらえたらありがたいです。

放送日:2017年7月10日