虎・甲骨

前回、今年の干支の漢字「(いん)」を取り上げました。「寅」という漢字は、動物の「トラ」ではありませんでしたが、「寅」は「とら」と読みますから、この機会に動物の「トラ」にまつわる漢字も取り上げてみます。

虎・甲骨

虎/甲骨3300年前

鳳

(鳳)

龍

(龍)

「トラ」の甲骨文字は美しい姿をしています。動物の全身を(かたど)った「象形(しょうけい)と呼ばれる絵のような文字です。トラは体全体の模様が特徴ですから、細かく印象的に描かれています。文字としてこの字を書くのはさぞ面倒だっただろうなと思いますが、トラの姿を見事に形象化しています。

よく見ると、この「トラ」は頭のてっぺんに何かつけています。それは「かんむり」です。「鳳凰」の「(おおとり)」とか「龍」の字にも同じマークがついています。神聖な動物にしかつけられない特別な「かんむり」です。古代中国の人々にとって、「トラ」は特別な存在だったことがわかります。確かに、「トラ」は動物の王様にふさわしい風貌と強さを誇っています。その絵のような「トラ」の漢字が、約1600年以上経って現在の「」(楷書体)の字となりました。

虎・金文

虎/甲骨3300年前

虎・篆文

虎/篆文2200年前

」の字は、絵のような甲骨文字から次第に簡略化され、2200年前の篆文では、かなり現代の字に近づいてきています。かんむりのある頭から尻尾までの胴体の部分が「 虎・パーツ1」となり、やがて「虍」となりました。足の部分が「 虎・パーツ足」となり、やがて「 虎・パーツ足2」となりました。「虍」は「とらかんむり・とらがしら」という部首になっています。この部首を持つ多くの字は「虎」に関係のある字です。

虐・篆文

虐/篆文2200年前

その「虍」の部首を持つ漢字の一つが「虐待」の「」です。「しいたげる」と訓読みするように、小さな動物や子供など弱いものに対してひどい扱いをして苦しめることですが、その意味の出どころは「虐」の字の中にあります。

「虐」の「虍」は動物の「トラ」です。「虐・下パーツ 」は「 虐・パーツ手の爪(手の爪)」の形です。古代文字には「 虐・パーツ手の爪(爪)」の横に「 虐・パーツ人(人の姿)」があり、力の強い虎が人に爪を立てている形です。まさに強いものが爪を立てて弱いものを虐げているその姿そのものです。虐待の「虐」は、文字通り、虎が爪を立てている形から生まれた字でした。

劇・篆文

劇/篆文2200年前

戯・篆文

戯/篆文2200年前

次は、演劇の「」です。「(きょ)」と「刂」との組み合わせ。「豦」にある「虍」は本物の虎ではなく、虎の頭の形をした被り物。「刂」は刀です。はるか昔、戦いに出かける前に戦勝祈願の儀式があり、その儀式に虎の皮を身に着けた人が刀をもって、敵をやっつける舞楽が演じられました。その演技の舞い(動作)が激しかったために、「劇」は「はげしい」という意味で用いられるようになりました。そして、この儀式での虎の被り物をした舞いの所作から「演劇」が生まれたと言われています。演劇とは虎の被り物を着て演じることから始まったのです。そして、その演じ手こそが最初の役者だったのです。

虎の被り物から生まれた漢字には、他に戯曲の「」、(たわむ)れるという字があります。虎の被り物を着た舞いが激しい中にもどこか滑稽な仕草だったことから「たわむれる、からかう、あそぶ」という意味を持つ漢字になりました。

「虎」は強さの象徴として屏風や(ふすま)に描かれることが多いですが、今から3100年ほど前に作られた青銅器の中に「虎が子どもを抱っこして守っているような器」があります。その姿から「()(ゆう)」((ゆう)は水差しの形の器)と呼ばれています。正確にいうと、虎が子どもを食べようとしているのか、守ろうとしているのか定かではないのです。私は、描かれた子供の顔の表情から虎に守られていると考えていますが、定説がありません。ただ、虐待の「虐」の字とは真逆のような作品があることが不思議でした。虎は危険な動物であると同時に「鳳」や「龍」と同じ神のような存在でもあったことを示す作品だと思っています。

この3100年ほど前の「()(ゆう)」が、京都の東山にある「泉屋(せんおく)博古館」にあります。とても精巧にできたその青銅器が表わすものは何か。「寅年」の今年、京都に来られた折には、是非、自身の目で確かめていただけるうれしいです。

*フランスの美術館にも「()(ゆう)」と同じ形の青銅器があり、その器に刺激された中国の絵本作家「陳江洪(チェン・ジャンホン)」が『ウェン王子とトラ』(徳間書店)という絵本を書いています。

*「泉屋博古館」(住友コレクション)はいつも開館しているとは限りません。期間限定で開館しているので、確かめてから訪問してください。「()(ゆう)」の青銅器は「泉屋博古館」のHPで拡大版を見ることができます。

放送日:2022年1月24日

 

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