大覚寺心経殿・外観

門前の桜が盛りを過ぎた四月半ばに大覚寺を訪ねた。二十数年ぶりに表玄関から本殿の建物の中へと歩みを進める。御影堂の裏側につながる廊下を曲がると「心経殿」があった。「旧嵯峨御所」と呼ばれる離宮風の古い木造建築の中にあって、なんとも異質な鉄筋コンクリート製の八角形の御堂である。

案内に寄れば、奉納された写経を納めるために大正十四年に造築されたとある。中には平安時代初期、嵯峨天皇が大飢饉に際して国の平静を願って写経された「般若心経」の御宸筆(ごしんぴつ)を始め、歴代の天皇の写経等が奉納されているという。六十年に一度の戊戌(つちのえいぬ)の年にしか開封されない特別な勅封の御堂なのである。ちなみに次回は平成三十年と間近に迫っている。

大覚寺心経殿・扁額

そのコンクリート製の建物の名を記した扁額に、楷書や草行書ではなく篆書(てんしょ)体の文字を採用したのはどんな思いからであったろうか。中国の古代文字では、「心」は心臓の形から作られた字である。その形は篆書体にもはっきり残っている。人の「生き死に」を最も象徴するのが心臓であり、同時に人々の思いや願いの「在り処」をも、このシンプルな字は 象徴している。

写経に思いをこめた人々のその心の総体を「心経殿」の「心」の字がしっかりと受け止め、長い時間の縦糸(経)の中に織り込んでいる。百年にならんとするこの建物の厳かな気配は、しばしコンクリート製であることなど忘れさせるのである。

古代文字

心・篆書(心)  経・篆書(経)  殿・篆書(殿)

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