鳴・甲骨

夏の季節に亡くなったご先祖様が帰ってこられる「お盆」という風習がいつごろから始まったのか詳しくは知りませんが、漢字を生み出した三千年以上前の古代中国の人びとも、亡くなった祖先の霊をとても大切にお(まつ)りする習慣を持っていました。

祖先の人びとは死んでこの世にはいないけど、「あの世」に生きている。そうして「この世」の私たちを守ってくれている。今の私たちよりはるかにそう信じていました。だから、祖先の霊を祀る立派な建物((びょう))を建てて大切にお世話をしました。

その古代中国の人びとが、死んだ祖先の霊が帰ってきたと信じる出来事がありました。それが「渡り鳥」の飛来です。毎年同じ季節に同じ場所にやってくる渡り鳥は、死んだ祖先の人びとの霊が鳥になって故郷に戻ってくるのだと考えていたのです。ですから、渡り鳥が帰ってくる水辺に祖先を祀る大切な建物=廟を建てたりしました。

そこから鳥は祖先の霊の「使者」として特別な扱いをされました。その一つが、鳥を使って神意を尋ねる「鳥占い」に利用されたことです。

鳴・・・どのように鳥を使って占ったか詳しいことはわかっていませんが、鳥の鳴き声で吉凶を占ったことは知られています。甲骨文に「夕刻に鳥が鳴いたので、よからぬことが起こる前兆だ」ということが書かれている例があります。「鳴く」という字にある「口」は耳鼻口の「くち」ではなく、願い事を入れた器の「口(さい)」と「鳥」との組み合わせで、鳥を使って神意を占うことを表す字だと白川静先生はおっしゃっています。白川説で言うと「鳴く」の「鳴」は鳥の鳴き声を使った占いのことを表す字ということです。

鳴・甲骨(鳴・甲骨)

確かに「鳴」の甲骨文字を見ると、右側の鳥は口を開けて鳴いています。口を開けている鳥にさらに「口」をつけるというのもおかしな話です。ですから、白川先生は添えられている口は願い事を入れた器の 口・篆文=さいだと考えられたのでした。

ふるとり・篆文(隹・篆文)

隹・・・占いに使われた鳥は形を変えて漢字の中にいろいろと紛れ込んでいます。それが「隹(スイ・ふるとり)」の形です。古代文字を見ると間違いなく鳥の全身を横から見た形です。その「隹」が入った字の中に「鳥占い」と関係した字がいくつかあります。

進・金文(進・金文)

進・・・軍隊を率いて異国に赴き「進むべきか、進むのをとどまるべきか」の重要な判断を行う時、鳥で占うことがあったようです。進軍の途上で進むかどうかの占いが行われたので「隹」に「しんにゅう=辵」を加えて「進」という字になりました。

携・篆文(携・篆文)

携・・・鳥を使って占いをする鳥役人も軍隊に同行していました。鳥をたずさえて同行したので「携える」、携帯電話の「携」という字にも「隹」が入っています。(日本にも鳥取部(ととりべ)鳥養部(とりかいべ)と呼ばれる鳥占いをする神官たちがいたそうです)

推・篆文(推・篆文)

推・・・鳥を使った占いで神様の思いを探り、推測するので、「おしはかる」という意味の「てへん」に「隹」の「推」という字もできました。

誰・篆文(誰・篆文)

誰・・・私を呪っているのは「だれ」だと鳥で占えば、「ごんべん」に「隹」の「誰」という字になります。

このように鳥が占いに使われそこからいくつかの漢字が生まれたのも、祖先の霊が鳥の姿となって故郷に帰ってくるという信仰を背景として持っていたからでした。

放送日:2015年8月10日

今回のおまけ

8月10日のアフタヌーンパラダイスの放送テーマは「焼き鳥」でした。偶然、その日は上記のような神聖な鳥の話をしようと考えていたので一瞬「ええ?」と思いましたが、相手は「ニワトリ」、こちらは「渡り鳥」。違う鳥だからと気をトリ直して話をすることにしました。

それでも最後はテーマの「焼き鳥」につながる字を紹介して区切りをつけることができました。それが、火(灬=よつてん・れっか)の上に隹(鳥)がいるまさに「焼き鳥」を表す字=焦(ショウ・こげる・こがす・あせる)でした。「隹」がいつでも占いにかかわるというわけではありません。念のため。

焦・篆文(焦・篆文)