決・篆文

先週の木曜日(7月5日)から京都は激しい雨に見舞われました。嵐山は5年前の水害の時と同じように水かさが増し、一時は渡月橋のそばの堤防から濁流があふれだしました。しかし、幸いなことに、京都はそれ以上広がらず、徐々に水は引いていってくれました。

現代だけでなく、京都の山間部の河川は昔から濁流に見舞われることが多く、その荒れ狂う濁流の様子から、その地域を「丹波」と呼ぶようになりました。ですから、赤黒い濁流の色を「丹」で、荒れ狂う濁流を「波」で表しました。京都の丹波地方は昔から荒れ狂う川のある地域だったのです。

丹・甲骨

丹/甲骨3300年前

丹・金文

丹/金文3000年前

もともと「丹」は稲荷神社の鳥居のような「丹色(にいろ)のことです。「丹」の成り立ちは丹色の原料となる鉱石「丹」を採る井戸の形をしています。中にある「・」は採れた鉱石を表しています。古い時代、やぐらを組んだ穴の中から原料の鉱石を採掘していました。

波・篆文

波/篆文2200年前

皮・篆文

皮/篆文2200年前

」の成り立ちは「さんずい」と「皮」との組み合わせです。「皮」は獣の皮を手で()ぐ形からできた字です。薄く剥いだ毛皮のような水の様子を「さんずい」をつけて、「波」と表しました。

3300年以上前の漢字を生み出した殷(商)の国の人々も水害は最も恐ろしい災害の一つでした。ひとたび河川が氾濫すれば、田畑は水をかぶり、作物は全滅となります。今も事情は変わりませんが、当時の人々にとっても生き死にを分ける大変な事態でした。それだけに、「治水」はその時の王にとって最も重要な仕事でした。

決・篆文

決/篆文2200年前

河川が氾濫し、今にも水があふれそうになった時、人々の住居や田畑を守るために、堤防を自ら切って、濁流を横にそらし、大災害を防ぐことも行われました。一つ間違えれば大惨事を招くこの決断は、かなり勇気のいる判断だったに違いありません。その「決断」を表す字が「決」という字です。「決」は「さんずい」と「(けつ)」との組み合わせです。「(けつ)」は五円玉のような形をした宝石の「玉」の一部が欠けていることを表す字です。欠けた玉は鋭い断面を持ち、ナイフのように用いられました。そのナイフのような玉で何かを削り取ることを表すのが「(えぐ)る」という字です。この字も「てへん」と「(けつ)」から出来ています。ということで、(けつ)」には削るとか(えぐ)りとるという意味があり、水害を防ぐために堤防を抉る、削り取るという意味を持つ「決」という字が作られました。物を抉り取ることから「決」は、水害を防ぐために堤防を切る「決断」、重要なことを「きめる」という意味を表すようになりました。

今日は、氾濫する河川にまつわる漢字をご紹介しました。「決」という字に「さんずい」が入っていることの意味が分かっていただけたらありがたいです。

それにしても、西日本各地を襲った未曽有の豪雨は大きな爪痕を残しました。この豪雨で亡くなられた方々、被害に遭われた方に心から哀悼の意とお見舞いを申し上げます。

放送日:2018年7月9日