災・篆文

先週は台風と地震、大きな災害が日本列島を襲いました。京都も瞬間最大風速39.4メートルの戦後最も強い風が吹きました。小屋が飛ばされたり、樹木が折れたり、神社の屋根や塀が倒壊したりと様々な被害に遭いました。最近は、一つの災害があってほっと一息ついたころに、また新たな災害が起こるというサイクルを繰り返しています。京都周辺でも6月の大阪北部地震、7月の大雨、続く猛暑、そして9月の台風と自然の猛威に翻弄されています。

言うまでもなく、はるか昔から人間は自然災害との格闘の歴史を歩んできました。漢字が生まれた三千数百年前の古代中国でも、人々は自然の猛威に苦しめられていました。

災・篆文

災/篆文2200年前

災害の「」、「災い」という字がその一端を示しています。「災」の下の部分は「火」です。火は、人々にとって大きな「わざわい」をもたらす代表でした。

では、「災」の上の部分=災・パーツ3、「く」の字が3つ並んだように見える部分は何を表しているのでしょうか。古代文字(篆文(てんぶん))を見ると、災・パーツ4=揺らいだ縦三本の線の真ん中に「-(横棒)」があります。縦三本は川の流れ。その流れを横棒がせき止めている形で、氾濫する川(水の災い)を表します。ですから、現代の「災」の上の部分 災・パーツ3=は横棒こそありませんが、川の流れが折れ曲がっている様子を表しています。

古代の人々にとって「水」と「火」とによって引き起こされる「わざわい」こそが「(さい)」でした。それは、人々に大きな「災害」をもたらすものでした。その「災害」の「害」という字も恐ろしい字です。

害・金文

害/金文3000年前

」は、旧字体では「害・旧字」と書きました。「害」は「害・パーツ」と「口・篆文(さい 願い事を入れた器)」との組み合わせです。上側の「うかんむり」の下の横棒三本を貫く縦の棒は、大きな取っ手の付いた針(ナイフ)です。その大きな針(ナイフ)が古代文字(金文)では「 口・篆文(さい)」の中に入り込んでいます。願い事を入れた器を壊している様子です。例えば、「神様、どうか私たちに災いをもたらさないようにしてください」という願いの器があったとしたら、その器を壊しているのですから、その願いを無効にしてしまうことを表します。つまり、「害」は願いを破壊する文字通り「縁起の悪い字」なのです。(大きな針で壊した器をさらに刀で傷つけるのが「割」、「割る」です。)

震・篆文

震/篆文2200年前

中国の古代の人々にとっての災いは「水」と「火」に代表されました。それ以外の「災い」に「地震」がありましたが、おそらく日本ほど頻繁に起こることがなかったので、「地の震え」は「災い」の代表にはなりませんでした。

「地震」の「」は「ふるえる」という意味です。「雨かんむり(自然現象)」に「辰」という字の組み合わせです。「辰」は、はまぐりが足を出して動いている様子を表していると白川先生は考えておられます。そこから「うごく、ふるえる」の意味が生まれたと。では、その字に「雨かんむり」がついているのはなぜでしょうか。自然現象で震えを実感するのは(地震以外に)どういう時でしょうか。それは、雷の(とどろき)です。稲光と共に激しい音を起こすその空気の振動こそが「震」でした。それが後に広く「ふるう・ふるえる」の意味で使われるようになりました。(手を振る、妊娠、唇等の字にも使われています。)

鳳・甲骨

鳳/甲骨3300年前

風・篆文

風/篆文2200年前

最後に大風=台風です。実は台風を表す字は古代中国にはありませんでした。黄河の中流域に生まれた漢字の国=商には、南方の海からやってくる台風の被害はほとんどなかったからです。ですから、台風を表す字は生まれませんでした。時代が下って「風」という字の横に「台」と書く「颱風」という字ができました。現在は「台」だけですが、「台」は「たい」という音を表す字としてのみ使われています。

古代中国では風は災いをもたらすものというより、むしろ反対に恵みをもたらすものとしてとらえられていました。最初、風は大きな鳥の羽ばたきと考えられていました。天帝の使者として四方に鳥が風を運び、それぞれの地に独特の風土や風習、風俗を育んだのです。風がもたらしたので「風」がついています。その風のことを古くは「鳳凰(ほうおう)」の「鳳」と言いました。やがて、「天にいる竜(蛇に似た架空の動物)」が風を吹かせるという考えに移って、「虫(爬虫(はちゅう)類)」の入った現在の「風」という字ができました。風に災いのイメージが少ないのも、漢字を生んだ国が颱風(台風)とは無縁の地であったことを示しています。

次々と災害が襲ってくる日本列島です。「特別」ではなく「普通」と考え、備えを怠らない時代が来ているのかもしれません。被災地の皆様、一刻も早い復興をお祈り申し上げます。

放送日:2018年9月10日