勇・金文

前回は「最高記録」というお題で話をしました。途中、「最高記録」は四字熟語なの?という突っ込みがありました。「四字熟語」なのかどうかの判定は意外に難しいのです。

その言葉が、例えば「論語」のような中国の古い本やお話が出典で、広く人口に膾炙(かいしゃ)した言葉(故事成語といいます)だと文句ないのですが、「最高」という熟語と「記録」という言葉が二つつながっただけのようなものを「四字熟語」というのかといわれると、そういうものは「四字熟語」とは言わないという人もいます。同時に「記録」は「記録」でも「最高」の記録という意味でこの4文字は意味のまとまりを作って使われているので、こういうものも「四字熟語」としてもいいという寛容派もいます。

その微妙なものに、今日の表題「勇気百倍」もあります。さすがに、子どもたちに人気の「アンパンマン」の中に出てくる言葉として広く知られていることを根拠に「四字熟語」と決めるわけにもいきませんが・・・。結論をいえば、「四字熟語」かどうかということは普通の庶民にはどちらでもいいのです。意味が分かって使えればいいのですから。

ということで、今回も「アフパラ」のテーマ「勇気」に便乗しました。

勇・金文

勇/金文3000年前

甬・金文

甬/金文3000年前

「勇気」の「」は「勇ましい」という意味で用いられます。字を見ると、カタカナの「マ」と「男」との組み合わせのように見えますが、古い文字を見るとそうではありません。「マ」と「田」とがセット。プラス「力」です。「マ」と「田」の部分は、「踊る」という字の右側((つくり))にある「(よう)」という字が元の字です。

「勇」は「甬」と「力」との組み合わせです。「甬」は水をくむ「手おけ」の形からできた字です。確かに「おけ」という字は「きへん」に「甬」の「桶」です。「手桶」の形で表された「甬」は、水が湧き出る時のように内から勢いよくあふれだす様子を表します。勢いよく湧き出る水のように、一気にあふれだして事を成そうとする力を「甬」と「力」と書いて「勇」といいました。物事に立ち向かう時のいさましいパワーを表す字が「勇」です。

水がわき出すという時の「わく」は「涌く・湧く」と書きます。一気にあふれだす力が源です。「あしへん」に「甬」と書く「踊る」も、足に一気に力を込めてジャンプするように跳ねる姿を表した字です。

「勇気」の「勇」には字の成り立ちから見ても、強い力がみなぎっているのです。

気・金文

气/金文3000年前

さて、「勇気」の「」はどうでしょうか。「気」は、目に見えないけどこの世の中に充満しているもの、空気、大気です。あるいは、「勇気」のように、勇ましい力を生み出す源、「生きることの根源」を表すような意味にも用います。いずれにせよ、得体がしれない変幻自在の感じがします。

「気」は、「气」と「メ」との組み合わせ。旧字体は「氣」と書きましたが、古くは、「气」だけで表していました。

「气」の成り立ちは、空を行く雲の流れ、「雲気」を表しています。古代中国の人々も、空を行く雲の流れを見て、様々な天変の気配を感じていました。それは、単に天気の変化だけでなく、怪しい雲の流れから、悪い予兆を感じ、外敵が攻めてくるかもしれない「気」を感じとったりしていました。古代中国の人々は、天地の間に充ちる「気」は雲の流れと共に、あるいは風のそよぎと共に、あらゆる生命に「命」を吹き込む源=生命力の源だととらえていました。

「やる気・根気・元気」そして「勇気」。前に向かうエネルギーは「気」によってもたらされましたし、逆に「病気・病は気から」等のように悪いものをもたらす源でもありました。「気」はあらゆる生命力を操る得体のしれない代物です。

百・甲骨

百/甲骨3300年前

「百倍」の「」は「白」のうえに一横線を加えた形。数字の「ひゃく」を表します。

「白」は白骨化した「しゃれこうべ(頭蓋骨)」の形。白い色を表す「白」は、数字とは関係ないので、この場合は「白」の音を借りた「仮借」の用法です。「百」は「百害」「百薬」・「百科」等のように「数多く・さまざま・もろもろ」等の意味で使います。

倍・古文

倍/古文 約2500年前

最後に「百倍」の「」です。「倍」は「にんべん」と「 倍・つくり・はい(はい)」との組み合わせ。倍・つくり・はい 」は草木の実が熟して、割れようとしている形です。割れて数が多くなることで、「ます、ばいまし」の意味で用います。土を増して(加えて)栄養を与えることを「栽培」の「培」といいます。「百倍」。文字通り、めちゃめちゃ力を増すことです。

「勇気百倍」という「四字熟語」は、いろいろな使い方があるでしょうけど、私は、迷ったり、つらかったり、苦しい時に、励ましの声をかけてもらったり、背中を押してもらったりすることで、又頑張るぞという勇気を百倍与えてもらえる時に用いるのが一番似合っているように思います。

放送日:2019年10月28日