今年は、日本だけでなく世界中が、気候変動の影響に見舞われました。ギリシャやイタリアでの山林火災、中国やドイツでの大洪水。そして、日本の長雨。いたる所で温暖化の影響が牙をむいています。その上、コロナによる感染も爆発的に広がり、世界は自然災害と病気との二つの「わざわい」に翻弄され、行き場を失っているようです。
災/甲骨3300年前 |
災/甲骨3300年前 |
古代中国の人々にとっても「わざわい」は恐ろしいものでした。自然界の「わざわい」は、人々を生死の境に追いやるほど大きな力を持っていました。その元凶が水と火でした。大洪水と火災とに悩まされたのです。水の流れがふさがれてあふれ流れる様子の「巛」。それに「火」を組み合わせた「災」という字が生まれました。それから3300年、21世紀の世界も水と火に責められて、同じ様相を呈しています。
禍/甲骨3300年前 |
禍/篆文2200年前 |
病気も同様です。病気はどこからやって来るのか、その得体の知れなさにおののき震え上がったに違いありません。その得体のしれない病気は、悪い魔物が体の中に入って引き起こすと古代中国の人々は考えました。見えない悪霊が「たたり」となって体の中に入ってくるのです。そういう「わざわい」を「コロナ禍」の「禍」。「ネ(しめすへん)」と「咼」との組み合わせの「禍」で表します。「ネ」は、もとは「示」で、神様にささげる「お供え物」を置く台(テーブル)の形からできた字です。右側の「咼」は「冎」と「願い事を入れた器 = (サイ)」との組み合わせからできた字です。
冎/篆文2200年前 |
骨/篆文2200年前 |
白川先生は「冎」を「亡くなった人の上半身の骨」を表していると言われています。確かに、同じパーツを持つ「骨」という字があります。構造が一緒です。おそらく、亡くなった人の上半身の骨=「冎」には、体はなくなっても霊は残っていると考えていたのです。
ですから、その上半身の骨の前に「願い事を入れた器= (サイ)」を置いて、「わざわい」をもたらすよう神に呪った字が「禍」でした。「禍」の中に骨が入っていると思うと、より一層禍々しく感じます。
さて、人に禍をもたらすような霊(祟り)を、古代の人々はどんなイメージで描いたでしょうか。古代文字の中には「祟り」にあたる字がいろいろな姿で登場しますが、ほとんどは蛇・ムカデ・毛虫・毛むくじゃらの獣などの「虫=動物霊」のイメージです。
祟りと読ませる悪霊 |
・たたり/甲骨 3300 年前 |
その中に、足あと( )の形の下に蛇らしきものがいる字(上記右)があります。「たたり」と読む字ですが、足で蛇を踏みつけたようにも、足を蛇にかまれたようにも見えます。おそらく、蝮のような毒のある蛇にかまれたことを表しています。きっと、毒蛇に咬まれて亡くなる人も少なからずいたのです。それで、「蛇(虫)」に恐ろしい「たたり」のイメージが出来上がっていったのかもしれません。
蛇をはじめとして様々な悪い虫(霊)が体の中に入ってきて病気を起こす、これが古代の人々が考えた最も恐ろしい病気の正体でした。
では、どうやってこの悪い虫(霊)を追い出すのか、その代表的な例を最後に二つ紹介します。きわめて原始的な方法ですが、棒で悪い虫(霊)をたたいて追い出すのです。
*「棒で何かをたたく」ことを表す字は「攵・攴(ぼくにょう)」です。その中にある「又」は棒を持つ手を表します。
改/古文 約2500年前 |
救/古文 約2500年前 |
一つ目は、左側に虫、右側が棒でたたく手が描かれています。まさに、虫(蛇)をたたいている形です。その字は「」=「改」です。悪霊を追い出して「改める」のです。虫には虫で対抗したのです。二つ目も、左側は「祟り」をもたらしている怪しげな「悪い虫」です。その字は「求」。「求」を棒でたたいて悪霊から「救う」のです。「救う」の「救」も悪霊の撃退法を教えてくれる字なのです。
コロナ禍に棒で撃退する方法は通用しませんが、ワクチンという現代的な戦い方は「虫には虫を」という古代の人々の戦い方と似ているところがあります。
放送日:2021年8月23日
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