輿・戦国

前回(7月10日)は、京都祇園祭の始まりを告げる「神輿(みこし)洗い」の話題を取り上げました。あれから2週間、17日の先祭りの「山鉾巡行」、その日の夕方から夜にかけて京都の中心街を清めて回る「神輿渡御(神幸祭)」が、猛暑の中無事執り行われました。

そして、今日(7月24日)が後祭りの山鉾巡行の日。11基の山や鉾が朝から都大路をめぐりました。そして、御旅所におかれた3基の神輿が、八坂神社にお戻りになる祭り、神輿渡御(還幸祭)が夕方から行われます。

それぞれの神輿の重量は約2トンと言われています。多くの担ぎ手たちが「ほいっとほいっと」と掛け声をかけながら、足を跳ね上げるようにして担いでいきます。3基の神輿が御旅所に向かう神幸祭には、3時間あまりかかりましたので、今日も担ぎ手たちは、この重い神輿を交代しながら、無事に八坂神社にお戻しするまで、頑張って担いでくれると願っています。

輿・甲骨

輿/甲骨3300年前

輿・戦国

輿/戦国 約2600年前

さて、現代の日本の祭りの神輿は、こうして多くの人々に担がれて運ばれていきますが、古代中国の神輿、たぶん王様が移動する時に使う輿(こし)等も多くの担ぎ手に担がれて、運ばれたに違いありません。そのことを「神輿」の「輿」の字が教えてくれます。

少し難しい字ですが、まず興味の「興」という字を、思い浮かべてください。その字の上側の「同」の部分を「車(乗り物)」という字に置きかえると神輿の「輿(こし)」という字になります。

車の両横にあるのは、両手の爪が向かい合った形で、両手を表します。字の下側の横棒(―)にカタカナのハの部分(興・パーツ)も、手の形からできたパーツで、左右の手を表します。つまり車を多くの人の手で持っていることを表しています。古代文字を見ると上側と下側にたしかに手の形が4つあります。多くの手で車を担いでいる(引いている)ことを示します。

興・甲骨

興/甲骨3300年前

興・篆文

興/篆文2200年前

では、「興味」の「(きょう)」、「新興勢力」の「新興」の「(こう)」は、何を表しているのでしょうか。車のかわりに「同」を置きます。

「同」は、お酒を入れる器の形で、その大きな酒器をみんなで支えもって、土地に酒を注いで、地霊(大地に宿る霊)を呼び起こす儀礼を「(こう)と呼んでいたと白川先生はおっしゃっています。それで、神を目覚めさせる、事の始まりのことを「興」といい、「おこる、はじまる」という意味で用いるようになったと。たしかに、新しく始まること、おこることを「新興」、再び勢いを取り戻すことを「復興」と言います。その意味が広がって「興味」の「興」のように、関心を持つという意味でも用いるようになりました。

與(与)・金文

與(与)/金文3000年前

與(与)・篆文

與(与)/篆文2200年前

ところで、「輿」や「興」と同じ構造でできた字で、よく使う漢字がもう一つあります。

今は、略体で用いられているので、わかりにくくなりましたが、旧字体では、「車」・「同」のところに、与えるという字の「与」(微妙に違いますが)を置いた「()」と書く字です。その「与」は、象牙が二本組み合わさった形からできた字です。つまり、象牙のような貴重で重たいものを、4本の手で捧げて運んでいる形からできた字です。

そんな貴重なものを、みんなで運んで他に移すことから「あたえる」という意味となり、「関与」のように「あずかる。かかわる」などの意味にも用いるようになりました。現在の字は、「与」の部分だけを採用したので、成り立ちがわかりにくくなってしまいました。

擧(挙)・篆文

擧(挙)/篆文2200年前

最後に一つ。旧字体の「與える」という字に「手」という漢字を加えた字があります。合計で、手が5つも入った字です。何という漢字かわかりますか。

旧字体の()という字の「ハ」の下に「手」という字を加えた字です。「(きょ)」です。この字も現在の字では、上側が点3つになり、簡略化されてしまったので、思いつかない方が多いかもしれませんが、手を挙げるというときの「擧(挙)」です。今は、「ケヤキ」の木を表す漢字(欅)にしか使いませんが、手を挙げる時の「擧(挙)」には、手の形が5つも入っていました。

両手の爪の形、物を持つ両手の形、そして、手を広げた手の形とさまざまな形で5つも一つの漢字の中に「手」が入っています。おおぶりの(けやき)の木が枝(手)を広げて大空に立っている姿が浮かびます。漢字以外にこんなふうに映像が浮かぶ字の作り方をしているものはありません。「欅」に「擧」の字のチョイスは見事です。

今年の祇園祭も、神輿を担ぐ担ぎ手たちのように、本当にたくさんの人々の手を借りて、滞りなく終わりを迎えようとしています。とりわけ、祭は、多くの人たちの手で支えられています。そんな姿を、古代文字は手の形で象徴的に描きます。漢字の世界でもたくさんの手たちが活躍している姿があることを、知っていただけるとうれしいです。

放送日:2023年7月24日