前回、福島の会津地方にある「喜多方市」がラーメンだけではない、漢字で町おこしをしているという話をしました。
その喜多方市で古代文字探検ツアーをしているとき、ひっそりとした住宅街で「雑貨と花」の店「フェリス」というしゃれた名前の小さな店を見つけました。そのお店の看板には「優しい」の「優」という字が古代文字で書かれていました。
その優という字を取り上げたいと前回予告したので、今日はその話をします。
店先におられた奥さんが「看板を書いてもらう順番がずいぶん遅かったのに、この字が残っていてよかったわ」と本当にうれしそうに話してくださったのです。それが印象に残りました。
優しいという字は、確かに多くの人が好きな字の一つです。「やさしい」というだけでなく、優秀の優、「すぐれている」という意味もありますから。
素敵な字の一つですけど、この字がどうしてそのような意味を持っているのか、今日は考えてみます。
まず、「優」の字を分けてみると部首が「人偏」で旁が「憂」です。憂は「憂鬱・憂愁」というときに使う憂ですから、右側は意外に暗いイメージなのです。
確かにこの「憂」という字の成り立ちを調べてみると『大切な人を亡くして悲しんでたたずむ人の姿』を表していると白川先生は書かれています。
その悲しんでたたずんでいる人の横に、さらに人がよりそっている形が「人偏に憂」の「優しい」、「優」という字です。
悲しむ人の側で、その人の悲しみに心を痛め、わが事のように悲しんであげる心のうちに、人の「やさしさ、気遣い、思いやりの深さ」を感じたということではないでしょうか。そんな心の持ち主は、「やさしく」て「すばらしい、優れている」のです。
優しいという字は「悲しんでたたずむ人の側に寄り添う人の姿」から生まれた字だったのです。
ところで、昔、日本にも葬式のとき「泣いてあげる、泣き女」という人がいたそうです。韓国や中国には今もそういう風習が残っているところがあるようですが、そこから優のもう一つの意味が生まれます。
他人の悲しみを代わりに引き受けて本当のことのように悲しみを演じる人たちのこと。
わが事ではないのにわが事のように演じて見せるプロのことを「役者」とか「俳優」といいます。そこに使われる「優」です。
「俳優」の起源は古く、悲しみを人の代わりに悲しんであげる「泣き女」のような存在から始まったといわれています。(古くは、「泣き女」が職業だった時代もあるのです)
だから、俳優の「優」は、「優しい人」なのではなく、悲しみを演じる「悲劇役者」のことをいうのです。
しかし、俳優は悲しみを演じるだけではありません。こっけいでおどけた役もしなければなりません。その役柄を表す字が「俳優」の「俳」です。俳には575の俳句を表す「俳諧」ということばがあるように「おどけた、こっけいな」という意味があります。この字にも「にんべん」がついているので、もとは「喜劇を演じる人、喜劇役者」のことをさすのです。
俳優ということばには、喜劇から悲劇までどのような役でも演じる役者という意味がこめられているのです。
喜多方で出会った小さなお店の奥さんのことばから「優」の成り立ちを考えてみました。新しい発見があればうれしいです。
放送日:2014年11月17日
古代文字
<おまけ>
今回の放送では成り立ちに深入りしませんでしたが、憂の初形は頭の上に鉢巻きをしたような人の姿です。鉢巻きをして頭の髪の毛を隠すスタイルが、喪を表す形でした。鉢まきが喪章のような役割をしていたのです。ですから、憂の上の部分は首〈顔〉を表すのですが、首の上の「ちょんちょん」がありません。それが髪の毛を表していてその髪の毛を隠しているからなのです。その下は実は愛という字と同じ形をしています。
冖に心が添えられ、そして(後ろ向きの)人の足あと(夂)の形で「たたずんでいる人」を表すのです。鉢巻をしてたたずんでいる姿、手を顔に当てて嘆いている人の姿、それが葬式のときの悲しみの姿を示します。
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