彦・金文

人の一生には何回か通過儀礼があります。大人の仲間入りをする成人式もその一つ。現在は二十歳(はたち)ですが、昔は、日本でも十三歳あたりで「元服式」といって大人の仲間入りをする通過儀礼が行われていました。三千年も前の古代中国の人々も「大人になる通過儀礼=成人式」を行っていました。今回はそんな古代の人びとの「成人式」にまつわる漢字の話をしたいと思います。

成人式を終え、大人の仲間入りをした若者のことを「彦(ゲン・ひこ)」と呼びました。(ちなみに女の人は「姫(キ・ひめ)」と呼びました)「海彦・山彦」の物語があるように、彦が男性を代表する呼び名になったのも、成人式を終えた男性を「彦」と呼んだからです。

といっても、「彦」という字の古い字形は現在とは少し違っていました。今回から「アフタヌーンパラダイス」のブログに取り上げる古代文字を載せていただくことになりましたので、見ていただけるとありがたいのですが、彦という字の「立」というふうに書いてあるところが、古い字体では文章の「文」になっています。

彦・旧字体  【旧字体】 文(ブン)+ 厂(カン)+彡(サン)の組み合わせ

古い字体の「彦」は、「文」という字の下に切り立った崖のような場所を表す「厂(カン)」。そして右側から三本の斜線で描かれる「彡(サン)」。「ブン」・「カン」・「サン」の三つのパーツの組み合わせで出来ています。ポイントは立つではなく文と書かれているところです。

文・甲骨(文・甲骨 3300年前)

「文」は古い文字では人の胸に「×」のマーク(時にハートマークなどいろいろな形に描かれます)を書いた形。その×が「ペインティング(身体に絵の具のようなもので一時的に模様を描くこと)」を表したので、「文」は身体にペインティングをすることを表します。三本の斜線はそのペインティングの模様が美しいことを表します。(杉、彩など美しい模様のあることを示します)。

成人式ではその美しいペインティングをどこにしたかというと、顔です。顔中に美しいペインティングをしたのです。成人式に臨む若者は思い思いの美しい「ペインティング」を顔中に施して、成人式に臨みました。(今の若者が衣裳や化粧にこるように!)その儀式に臨む若者のことを「彦」といい、「大人になった男」を表す字となったのです。

その成人式に緊張して臨む若者の姿を横から見た形が「顔」という字です。「顔」という字に「彦」という字が入っているのは、そうした理由からです。「頁(けつ)」は人を横から見た形を表すパーツです。「顔」は美しいペインティングをして成人式に臨む若者の横顔、横から見た姿を表した字だったのです。

 

ところで、人の一生の通過儀礼の中には子どもの出産もあります。(光部愛さんにも男子誕生といううれしい知らせがありましたが)子どもが生まれて一ヵ月経ったころ、氏神様に「初宮参り」を行います。この風習も三千年前の古代中国の人々が始めたのです。その宮参りのとき「丈夫で健やかに育つように」という願いを込めて、額に魔除けのペインティングをしました。

現在でも、関西の方では、赤ちゃんの額に赤い紅で男の子には大、女の子には小と書いて宮参りをしています。古代中国の人々がしたことと同じ風習が今も残っているのです。

産・旧字体【旧字体】 文(ブン)+ 厂(カン)+生(セイ)の組み合わせ

産 (産・金文 3000年前)

ですから、お産の「産」という字の上の部分が「彦」という字の上側と一緒なのです。きれいな模様を表す三本の斜線の代わりに、生まれるの「生」という字を書いて「産」と書きます。

子どもが誕生した時も成人式の時も、無事に健やかに育っていくことを願って、魔除けのペインティングを行なったのでした。それが漢字にそのまま残っているのです。

放送日:2015年1月19日