害・金文

前回、願い事を入れた器=口・篆文(口・さい)を守る「吉」・「古」・「固」を取り上げ、守ろうとする字がある一方、傷つけようとするよからぬ字もあることを予告しました。

何という字か思いつかれたでしょうか?

その字は三千年前の青銅器に彫られた字体=金文では 害・金文 のように書きます。

字を見ると確かに 口・篆文(さい)の中にまで長い棒のようなものが入っています。これは器のふたを貫く鋭い針なのです。しかも上には把手(とって)もついています。把手のついた大きな針の先が 口・篆文(さい)の中にまで入っている形です。

漢字が生まれた頃の古代中国には鋭い針を使って「入れ墨」をする風習がありました。そのために様々な大きさの針が用いられました。立つという字の下に十と書く「(つら)い」という字の「(しん)」も把手のついた「入れ墨」の針の形から生まれた字です。口・篆文(さい)を貫く針も同じように把手のついた針ですが、先が鋭くとがった(くぎ)のようなイメージの針だったかもしれません。

辛・甲骨(辛・甲骨)

いずれにせよ把手のついた鋭い大きな針を 口・篆文(さい)に突き刺して、口・篆文(さい)の効力を無力化したのです。それが、この字です。

現在の字から「把手のついた大きな針」のイメージを浮かべるのは難しいかもしれませんが、意味は昔のまま「悪いことが起こったこと」を表しています。「口」という字をパーツに持つこの漢字は何でしょうか。

それは「災害」・「被害」の「害」という字です。「害」はよくない時に使う字です。願い事を入れた器の願い事を邪魔するよからぬ字ですから、今でも「悪い時」に使うのです。(現在の字を分解すれば「うかんむり」と「横棒」が把手を、「縦棒」が針を表しています)

その悪さにとどめを刺すように「害」の字にさらに「刀」を使って真っ二つにしてしまう字が「害」に「刂(りっとう)」をつけた「割る」という字の「(かつ)」です。何かを引き裂くときの「割る」も「害」につながる字でした。

ところで、現在の「害」の字の旧字体をご存知でしょうか。戦後新しい字になる前は「害」は真ん中の縦棒が横棒を貫いて口に達している「 害・旧字 」という字でした。

現在の字は縦棒が一番下の横棒で止まっています。白川先生は「害」という字の成り立ちを理解しておれば、そこで留めるようなことはしなかったはずだ。縦棒が貫かれて口に達していなければ「 害・旧字 」にはならず、これでは「無害」の字でしかないとおつしゃっていました。かつては字の「成り立ち」を教えてくれていた形がこんなふうに変形されてしまう例もあるのです。(当然、「割」もかつては「 割・旧字 」でした)

 

さて、今年は梅雨が長引くとの予報が出ています。よからぬ災害に見舞われぬことなく夏を迎えたいと願いますが、「害」続きで「災害」の「災」の字についても触れたいと思います。この「災い」という字も印象の悪い字の一つですが、漢字を作った人たちが何を「災い」として恐れたか、この字はちゃんと教えてくれます。

災・篆文 (災・篆文)

恐れた災いの一つは、字の中にある「火」=火災だったのですが、もう一つあります。それが上の「巛(さい)」です。古い文字には横棒もあります( 災・さい )。これは何を表しているでしょうか。

これは川の流れがせき止められて曲がった様子を表します。すなわち、「洪水」なのです。

川の氾濫は一瞬にしてすべてを失わせる恐ろしい「わざわい」でした。今も昔も川の氾濫は手に負えない自然の脅威そのものです。「洪水と火」との組み合わせが「災」です。

どうか梅雨末期よからぬ「災害」に見舞われぬよう 口・篆文(さい)に願いを託して「吉」でありますように。

放送日:2015年7月6日

古代文字

害・金文(害/金文・3000年前) 害・旧字(旧字体)

割・篆文(割/篆文・2200年前) 割・旧字(旧字体)

辛・甲骨(辛/甲骨・3300年前)

災・篆文(災/篆文・2200年前)