ラジオ第43回「春・・・農作業の始まりです」

春・甲骨

北野天満宮の梅が見ごろを迎え、京都の街もようやく春めいてきました。「春」という字の古代文字は、あたたかな陽射し( 日・甲骨  )を受けてようやく芽を出そうとしている草の根( 草の根 )の様子を描いています。寒い冬の間じっと閉じこもっていたあらゆるものが、新たな命を得てうごめきだすそんな季節です。「(うごめ)く」という字に「春」が使われているのも合点できますね。

芽・篆文(芽/篆文2200年前)
牙・篆文(牙/篆文2200年前)牙の上下が相交わる形。

「芽」という字は「草かんむり」に「(きば)」と書く字です。動物の牙は鋭くとがって少し曲がっています。その上強い。草や木の芽も小さいけれど同じような形をしていて、しかも力強く生えてくるので、「牙」に「草かんむり」をつけて「芽」を表すようになりました。

古代中国の人々にとっても、新たな芽吹きの春は、稲作などの農作業の準備を始める時でもありました。今年も無事に収穫の時を迎えられるよう祈りの儀式が行われました。その中から生まれた漢字があります。

加・甲骨(加/金文3000年前)
労・篆文(勞・労/篆文2200年前)

田を耕し始める前に、農具の(すき)を清めて、虫の害にあわないよう祈る儀式がありました(第37回ラジオ参照)。三千年以上前の中国では、農具は清めの儀礼をしてから使用しないと、秋に虫が発生して農作物を食べてしまうと考えられていました。人々にとっては切実なことでしたから、いくつもの漢字ができました。その一つが「加」でした。「力」と「口」を合わせた字です。「力」は三本に先が分かれたフォークのような田を耕すための農具「(すき)」の形です。願い事を入れた器 (さい)と一緒にすきを神前に供えて祈る儀式が「加」でした。虫の害を防ぐ力を加えてほしいと願ったのです。

神聖な火の力を借りて耒の「力」を高める儀式も行われました。それが、「労働」の「労(勞)」です。「労」は古い字体では「勞」と「火」を二つ書く字です。火を使って「力=耒」を清めたことを示す字です。

静・金文(静/金文3000年前)
始・金文(始/篆文2200年前)

また、「青丹」という青い絵の具(顔料)を塗って(すき)を清めることも行われました。「青い絵の具」は虫を寄せ付けない力があると考えられていたからです。その儀式を「静」といい、農具をはらい清めることによって耕作の安らかなこと、安らかな実りを願うことから「やすらか、しずか」という意味になりました。

他にも農具を清める儀式を示す字に「始まり」の「始」があります。(つくり)の「台」の「ム」は古代文字ではスプーンのような形=「始・右パーツ」をしています。(すき)=スコップか(くわ)のような形をした道具を示します。その「ム」に願い事を入れた器 口・篆文(さい)をそえた形が台で、(すき)」をはらい清める儀礼を表します。その儀礼は女性が行ったので「女へん」がついています。なぜ女性が行ったかというと、耕作の安らかなことを祈る行事は、出産にあたって子どもが無事に生まれてくることを祈る行事と同じものと考えられていたからです。それで、農作業を「はじめる」シンボル的な儀式であるとともに、子どもがこの世に生まれてくる「はじめ、はじまり」などの意味でも用いられました。

このように、春先に行われた祈りの儀式には農作業に関するものが多くありました。耒・耜を清めて「虫の害」から守り、豊かな実りが訪れるよう祈りをささげたのでした。

放送日:2016年2月22日


2 Comments

  1. 習志野権兵衛

    2016年3月18日 at 7:38 PM

     「勞」と「静」の耒(すき)を清める話が面白かったです。
     昔は、きっと木製の「すき」だったでしょう。
     木の表面を軽く火であぶって黒く焦がして使うのは、今でもよく木工で行われていると思います。僕はその道の専門家ではないですが、殺菌ばかりでなく、板がしまるとかそんな目的もあったような気がします。
     また、「青い絵の具」の「青丹」がここで出てきたので、すごく気になりました。
     「青丹よし 奈良の都は 咲く花の 匂うがごとく 今盛りなり」の「青丹」ですよね。これを機会に調べてみたら、「岩緑青」の色だとか。この成分は、銅が錆びて出来る青錆びの「緑青」と同じ炭酸水酸化銅だそうです。それなら、当然殺菌力があります。ドアの握りが真鍮(銅の合金)なのも、それを利用していると聴いたことがあります。
     でも、「岩緑青」は高価だそうですから、宮中での儀式は別にして、庶民が使ったとは思えません。それとも、もっと簡単に手に入る銅の酸化物、例えば硫酸銅みたいなもので代用していたのでしょうか。
     そして、そのついでに「青丹」の色をネットで見て、ちょっとびっくりしました。というのも、「青丹よし…」の歌から、もっと鮮やかな「萌黄」か「浅黄」のような青(緑)を想像していたからです。意外とモスグリーンぽい。
     例えば「城ヶ島の雨」の「利休鼠」みたいに、こういう色が出てくる話は、出来れば色見本を一緒に付けて説明してくれると話に深みが増すと思うのですが、手間がかかるので、学校の授業じゃあなかなかそうもいかんでしょうね。

    • 510sensei

      2016年3月21日 at 2:11 PM

      習志野権兵衛様

      古代中国で「耒(すき)」等に塗られた「青色の絵の具」が「岩緑青」だったのか正確にはわかりません。絵の具の原料になった「丹」には、白や青や朱などの色があり、白川先生の『常用字解』には、朱については朱砂(水銀の硫化鉱物)と書いておられますが、「青丹」の記述はなく、「丹は硫黄を含む土石」と書かれているだけです。私も詳しくはわからないので、また教えていただけるとありがたいです。

      ゴット先生

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